服用量が毒を作る

Peter Bofingerというドイツ(!)・ヴュルツブルク大の経済学者が、表題のパラケルススの格言を引用して、Social Europe上でMMT擁護論をぶちあげている(H/T Economist's View)。
そこで彼はMMTをISLMの枠組みで捉え、MMTIS曲線を右シフトすると同時に(追加的な財政支出国債発行によってではなく中銀が直接賄うことにより)LM曲線を右シフトするもの、という解釈を示している。クルーグマンMMTについて懸念するクラウドアウトは、LM曲線の右シフトによってIS曲線の右シフトで上がった金利を部分的に戻す、もしくは完全に戻す、もしくはむしろ前よりも下げることによって、部分的もしくは完全に回避できるか、むしろクラウドインが起きることになる、と彼は言う。
その上で、これは日本が行ってきた政策と実は大差無い、と論じている。ここで彼が言う日本の政策とは、国債発行によって財政赤字を賄うと同時に、その国債を中銀が量的緩和政策で保険会社などの非銀行部門から買い上げて、(非銀行部門の預金増加により)マネーサプライを増やすと共に(預金増加に伴う準備預金増により)マネタリーベースを増やす、というものである*1

As with any therapy, so with MMT—the dose makes the poison. The example of Japan makes it clear that such a policy can be carried out even in a fairly high dosage without leading to inflation. In fact Japan is still in a deflationary environment. In addition, there was never an indication that the record high government debt had a detrimental effect on the trust of international investors in the Japanese currency. On the contrary, the exchange rate was too strong for most of the time, rather than too weak.
In essence, MMT differs from the macroeconomic policy operated in Japan for years only in that it provides for a coupling of expansive monetary and fiscal policies. In Japan, by contrast, the two policies are effected separately, albeit in a quite co-ordinated manner.
(拙訳)
全ての療法と同様、MMTでも、服用量が毒を作る。日本の事例は、そうした政策が服用量がかなり多くともインフレをもたらすことなく実行できることを明らかにしている。実際のところ、日本は未だにデフレ的な環境にいるのである。また、政府債務の記録的な高水準が世界の投資家の日本通貨に対する信頼に悪影響をもたらしたという兆候は見られたことがない。それとは逆に、為替相場は大体の期間において弱すぎるよりもむしろ強すぎたのである。
基本的にMMTは、日本で長年実施されたマクロ経済政策と、金融と財政の拡張策の結合を提供する、という点においてのみ異なるに過ぎない。対照的に日本では、両政策は、かなり協調的なやり方ではあったが、それぞればらばらに効果をもたらした。

また、英米の著名学者のMMT批判に対して以下の点を指摘して反論している。

  • ロゴフはパウエル発言を引用しつつMMTを頭から否定したが、それも服用量の問題に過ぎない。2009-12年に日米英は多額の財政赤字を計上したが、問題にならなかった。非銀行の大量の国債購入により、中銀はマネーストックを拡大し、金利は非常に低い水準に保たれた。
  • サマーズは、新興国ハイパーインフレや、1980年代初頭の欧州通貨制度におけるフランスを例に取って、MMTは「破滅へのレシピ」と論じたが、MMT財政赤字支出の概念は伸縮的な為替相場制度の大国経済にのみ当てはまるもの。サマーズはまた、インフレ率が10%前後の状況で赤字を増やした1970年代の英伊の問題にも触れたが、MMTは低インフレ環境にのみ適用すべき話。

さらにBofingerは、日本以外では中国がMMT実践の好例、と指摘している。というのは、地方政府の借り入れを考慮すれば政府債務はここ数年に亘ってGDPの1割を超えているからである。


Bofingerは、反対派も賛成派も以下の2点については同意すべし、と論じて論説を締め括っている。

  1. ラーナーの示した機能ファイナンスの基本的な考え:
    • 「中心的な考えは次の通りである。即ち、歳出や課税、借り入れや返済、マネーの新規発行や回収といった政府の財政政策の実行は、そうした施策が経済に与える結果のみに基づくべきであり、何が健全で不健全かに関する既存のいかなるドクトリンにも基づくべきではない。結果のみに基づいて判断するという原則は人間の活動の他の多くの分野に適用されたものであり、スコラ学ならぬ科学の手法として知られている。」
  2. 拡張的な財政政策と拡張的な金融政策の組み合わせは、必要な場合には大いなる慎重さを以って用いるべき極めて強力な道具となること。改めて言うならば、「服用量が毒を作る」のである。

*1:なお、Bofingerは水平のLM曲線というMMT解釈にも触れ(この解釈はここで紹介したRoweの解釈と同様である)、その解釈に立つならば、中銀が金利目標を置いていることに相当するので、債券を非銀行部門に売却してマネタリーベースとマネーストックへの影響を不胎化する必要がある、とも論じている(これは上述のクラウドインのケースを念頭に置いているものと思われる)。

高齢化が中立利子率を低下させる

28日エントリでは労働力人口の高齢化が経済活力を下げるというミネアポリス連銀の研究報告を紹介したが、セントルイス連銀の研究者(Sungki HongとHannah G. Shell)も高齢化が中立利子率を低下させるという考察を示している(H/T Mostly Economics)。

Demographics can affect the natural rate of interest through several channels. Remember, if potential output declines, the natural rate declines with it. An aging population and slowing population growth limit the supply of available workers in an economy. Therefore, holding labor productivity constant, a decrease in workers—a higher old-age dependency ratio—reduces the output generated by an economy. A smaller working-age population means fewer people with a lot of disposable income to consume. These factors decrease an economy’s productive capacity and thereby lower the natural rate. U.S. labor force participation is up compared with the 1960s, despite a long decline since the mid-1990s. By itself, this rising labor force participation would tend to raise the natural rate by increasing productive capacity and, in turn, the natural rate of interest.
An aging population also impacts the natural rate of interest through the savings rate. A higher savings rate increases the supply of loanable funds that banks can lend out, therefore decreasing interest rates. As life expectancy increases, the time individuals spend in retirement increases as does the amount of money they will need to last through retirement. If working-age individuals believe social safety nets will fail, they are likely to save more to offset the risk. The U.S. savings rate did increase somewhat from 2005 to 2008; however, for the most part, U.S. household savings has declined since the 1970s.
...Most likely, changing U.S. demographics are reducing the U.S. natural rate of interest by decreasing potential output.
(拙訳)
人口動態は中立利子率に幾つかの経路を通じて影響し得る。注意すべきは、潜在生産力が低下すれば、中立利子率も共に低下するということである。人口の高齢化と人口伸び率の鈍化は、経済で利用可能な労働者の供給に制限を課す。従って、労働生産性が一定とするならば、労働者の減少――高齢者の依存人口比率の上昇――は経済の産出量を下げる。生産年齢人口が減ることは、消費に充当できる可処分所得の多い人が少なくなることを意味する。こうした要因は経済の生産能力を下げ、それによって中立利子率を下げる。米国の労働参加率は、1990年代半ばから長期低下傾向にあるにも拘らず、1960年代に比べると上昇している。この労働参加率の上昇自体は、生産能力、ひいては中立利子率を上げるため、中立利子率を上昇させる傾向にある。
人口の高齢化はまた、貯蓄率を通じて自然利子率に影響する。貯蓄率の上昇は銀行が貸し出せる融資可能額の供給を増やし、それによって金利を低下させる。平均寿命が延びると、個人が退職後に支出する期間が長くなり、退職後を通じて必要な金額も増える。生産年齢人口の各人が社会的なセーフティネットが機能しないと考えれば、そのリスクを打ち消すために貯蓄を増やすだろう。実際、米国の貯蓄率は2005年から2008年に掛けて幾分上昇した。とはいえ、米国の家計貯蓄は1970年代以降概ね低下している。
・・・米国の人口動態の変化は、潜在生産力の低下を通じて米国の中立利子率を下げている可能性が高い。

残念ながらこのエッセイでは定量的な結果は示していないが、参照しているのはCarvalho=Ferrero=Nechioの2017年の分析で、そこでは米国の中立利子率が高齢化によって1990年の3%から2016年には約1%にまで低下し、かつ、その効果の大部分が人口減少ではなく平均寿命の増加によることが示されている*1

*1:そちらの研究の元論文について本ブログではここで簡単に触れている。

MMとMMTの比較表

最近MMTが俄かにかまびすしくなったので、本ブログを通じて昔MMTを少し齧った記憶を基に、米国版リフレ派とでもいうべきマーケットマネタリスト(MM)との簡単な比較表を作成してみた。

ハイパワードマネーの源泉 信用創造 経済安定化のための政策目標 政策に対する制約条件
マーケットマネタリスト(MM) 中央銀行 ・かつてのマネタリスト貨幣乗数一定を仮定⋯ハイパワードマネーに比例してマネーも増やせると想定
・現在:信用創造の場は銀行貸出であること(「万年筆マネー」)を認めつつ、中長期では中銀がマネーを制御できると想定
インフレ目標、もしくはその発展形としての名目GDP目標 インフレ
MMT 政府の財政支出 「万年筆マネー」を認めつつ、マネーの純ベースの増加をもたらすのはあくまでも財政支出であることを強調 ジョブギャランティ インフレ

以下は本ブログのMMT関連エントリ。
himaginary.hatenablog.com
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実質実効為替相場とグローバルバリューチェーン

Nikhil PatelとShang Jin Weiという2人の経済学者が、自分達の論文*1を基に、現在の実質実効為替相場の計算方法が時代にそぐわなくなっているとProject Syndicateで論じている(H/T Mostly Economics)。

Standard calculations of the REER by most central banks and statistical agencies assume that countries export only final goods. But GVCs spread the different stages of production among different countries. They can do so thanks to technological improvements, lower trade barriers, and the closer integration of emerging markets into the global economy. Ignoring this reality can lead to substantial mismeasurement of the REER, resulting in questionable policy inferences.
To see how the standard approach could be wrong, consider a hypothetical value chain for the production of smartphones. Suppose Japan manufactures the components and ships them to China, where the phones are assembled and exported globally as finished products. Traditional REER models would assume that Japan exports final goods to China, and that the two countries are competitors. A depreciation of the Japanese yen, therefore, would help Japan’s competitiveness and hurt that of China.
In this case, however, a weaker yen would lower the price of Japanese components, which may lead to lower prices and increased demand for Chinese phones – leading to an improvement in China’s competitiveness. This example shows that the standard REER calculation is getting not only the magnitude wrong, but also the direction of change.
(拙訳)
大部分の中銀や統計局の実質実効為替相場の標準的な計算は、各国が最終財のみ輸出していると仮定している。しかしグローバルバリューチェーンは、生産の各段階を各国に分散している。それが可能になったのは、技術進歩、貿易障壁の低下、ならびに新興国の世界経済への一体化のお蔭である。この現実を無視すると実効為替相場の著しい測定誤差をもたらし、政策に関する誤った推論を招きかねない。
標準的な手法がどのように間違い得るかを見るため、スマートフォンの仮想的なバリューチェーンを考えてみよう。日本が部品を製造して中国に輸出し、そこでスマホが組み立てられ、完成品として世界に輸出されるものとしよう。通常の実質実効為替相場モデルでは、日本が最終財を中国に輸出し、両国は競争関係にあると仮定する。従って日本円の減価は日本の競争力を高め、中国の競争力を弱める。
しかしながらこの場合、円安は日本の部品価格を低下させることにより、中国の携帯電話の価格を下げて需要を増加させるだろう。その結果、中国の競争力は改善する。この例は、標準的な実質実効為替相場の計算が大きさのみならず変化の方向を間違えることを示している。

記事/論文では以下の2つのグラフを示し、グローバルバリューチェーンを考慮した実質実効為替相場では、中国の人民元は一貫して上昇しており標準的な計算に見られる1998-2004年の元安は起きていなかったこと、および、ギリシャの競争力の低下は標準的な計算で示されるよりも大きかったこと、を指摘している。

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*1:PatelはBIS、Weiはコロンビア大。論文は他にジョージメイソン大のZhi Wangが著者に名を連ねている。

労働力人口の高齢化により経済の活力が低下した

という主旨のミネアポリス連銀WPを同連銀のRegion誌が紹介している。論文の著者はNiklas Engbomで、Region誌記事を書いたのはDouglas Clement。
以下は記事の概要。

  • 労働力人口の45歳以上の割合は1980年代には30%以下だったが、現在は45%近くになっている。
  • Engbomの考えによれば、高齢化した労働者は現状にかなり満足しているため、新しい職を求めたり起業したりする機会コストが高くなり、その頻度が少なくなる。
  • このことの「合成的な」影響は、マクロ経済においてさらに「均衡効果」をもたらす。職を創出するのは主に若い企業であるため、起業の減少によって新たな職も少なくなり、職の移動性も減少する。また、高齢の労働者は同ポジションの若い労働者よりも一般に賃金が高いため、若い労働者が相対的に少ないと起業者にとっての労働コストが高くなる。
  • この理論を検証するための数理モデルでは、それぞれが労働ないし企業の動学に関する独立な仮説を表す3つの要素を結合している必要がある:
    1. 創造的破壊を通じて企業の動学と成長を捉える質的梯子見解(quality ladder view)
      • 技術の普及により企業の盛衰が生じるため、企業は連続的に生まれたり死滅したりする
    2. 労働の移動性における職梯子モデル(job ladder model)
      • 労働者は転職することにより所得を改善する
    3. 起業の選択(entrepreneurial choice)
      • 個人がキャリアの中で新たな職を求めるか、起業するか、現状に留まるかの選択を行う
  • モデルがデータに上手く適合することを確認した上で、Engbomは定量的な評価を行った:
    • 労働力人口の高齢化は、1986年から2016年に掛けての新たな企業の創出低下の4割と、職の再配分の低下の6割以上を説明した。また、職から職への移動性の低下の8割以上を説明した。
    • 経済全体の成長は年間0.3%ポイント低下した。また、モデルによれば、高齢化により賃金格差が拡大し、労働分配率が低下した。

[経済]マイナス名目金利と銀行貸し出し経路

予定より遅れましたが、再開します(ただし更新頻度は以前よりも落とす予定)。

表題のNBER論文をサマーズやエガートソンらが書いている2人によるVoxEU記事*1。原題は「Negative Nominal Interest Rates and the Bank Lending Channel」で、著者はGauti B. Eggertsson(ブラウン大)、Ragnar E. Juelsrud(ノルウェー銀行)、Lawrence H. Summers(ハーバード大)、Ella Getz Wold(ブラウン大)。
以下はその要旨。

Following the crisis of 2008, several central banks engaged in a new experiment by setting negative policy rates. Using aggregate and bank level data, we document that deposit rates stopped responding to policy rates once they went negative and that bank lending rates in some cases increased rather than decreased in response to policy rate cuts. Based on the empirical evidence, we construct a macro-model with a banking sector that links together policy rates, deposit rates and lending rates. Once the policy rate turns negative, the usual transmission mechanism of monetary policy through the bank sector breaks down. Moreover, because a negative policy rate reduces bank profits, the total effect on aggregate output can be contractionary. A calibration which matches Swedish bank level data suggests that a policy rate of -0.50 percent increases borrowing rates by 15 basis points and reduces output by 7 basis points.
(拙訳)
2008年の危機後、何行かの中央銀行はマイナスの政策金利という新たな実験に乗り出した。集計ならびに銀行レベルのデータを用いて我々は、政策金利がマイナスになると同金利に預金金利が反応しなくなり、場合によっては政策金利切り下げに対して銀行貸出金利が低下せずにむしろ上昇する、ということを立証する。実証結果に基づき我々は、政策金利と預金金利と貸出金利を結び付けた銀行部門付きのマクロモデルを構築する。政策金利がマイナスになると、銀行部門を通じた通常の金融政策の伝達機構は機能しなくなる。また、マイナス政策金利は銀行の利益を減らすため、総生産に対する全体的な効果は収縮的なものとなり得る。スウェーデンの銀行レベルのデータに適合させたカリブレーションでは、-0.50%の政策金利は貸出金利を15ベーシスポイント上昇させ、生産を7ベーシスポイント減少させることが示された。

*1:ここで紹介した論文(cf. 関連エントリ)のバージョンアップ版かも。

[お知らせ]移行と休止のお知らせ

はてなダイアリー更新停止まで1ヶ月となったので、はてなブログに移行しました。
なお、年末年始は事情により更新を停止します。再開は鏡開き(ただし一番遅い日)の頃になりそうです。