マイナス金利政策は収縮的か、拡張的か?

Douglas L. Campbellが、マイナス金利は時に経済を収縮させる、という主旨のここで紹介したエガートソンらの論文を批判している

I like the paper and see a clear contribution. However, I wish the authors would have framed the paper slightly differently. My reading is that they show that negative reserve rates below the cost of hoarding cash can be potentially contractionary under some conditions, and need other policies (negative lending rates for banks/Gesell taxes) to make the policy more expansionary. This is still an important and useful point -- I learned something from them. Yet, since not all of the key modeling assumptions are true, and since "negative interest rates" can include 1. negative rates above the cost of hoarding cash, 2. negative borrowing rates for banks, or 3. Gesell taxes on banks (may seem far-fetched, but something in this spirit has, in fact, happened), I think the paper's actual result is in fact narrower than "negative rates aren't expansionary and may be contractionary", and does not apply to the negative interest rates that we have seen.
(拙訳)
私はこの論文が好きだし、明白な貢献も分かる。しかし、著者たちが論文の枠組みをもう少し変えてくれていたら、と思う。私が理解したところでは、現金を貯め込むコストよりも低いマイナス金利はある条件下で収縮的なものとなり得ること、政策を拡張的なものとするためには他の政策(銀行の負の貸出金利、ゲゼル税)を必要とすること、を著者たちは示した。これは確かに重要で有用な指摘であり、私が学ぶところもあった。とは言え、モデルの主要な前提がすべて真ではないこと、および、「マイナス金利」には 1. 現金を貯め込むコストよりも高いマイナス金利、2. 銀行のマイナスの借入金利、3.銀行へのゲゼル税(突飛なように思われるかもしれないが、この線に沿ったことは実際に起きている)も含まれ得ることから、この論文の実際の結果は「マイナス金利は拡張的ではなく収縮的かもしれない」というものよりも実は狭いものであり、我々が実際に経験したマイナス金利には当てはまらない、と私は思う。

Campbellはこの後以下の点を指摘している。

  • 論文の収縮的な結果は、銀行の利益が仲介コストに影響し得るという前提から来ている。しかしマイナス金利が仲介を実際に損なうほど収益性を低下させるとは思われない。理由は以下の通り。
    • 2次ないし3次の影響に過ぎない
    • マイナス金利が融資を増加させる程度において、収益性への影響は不定である
    • ECBがマイナス金利を適用するのは超過準備に過ぎない*1
  • ECBは、銀行が貸し出すことを条件としてマイナス金利で借り入れられるTLRTOという制度を導入している。これは収益にはプラスに働くが、論文ではその可能性を考慮していない。
  • 論文では銀行の資金調達がすべて預金であること、すべての利益が家計に支払われることを仮定しているが(前者の仮定が重要で、かつ正確ではないことは著者も認めている)、例えばスウェーデンの預金比率は5割に満たない。預金以外の資金調達の存在と、現金を貯め込むコスト(1-1.5%)に鑑みて、実際の銀行は貸出金利と準備金利の差を意識するだろう(実際、危機後にバンカメは配当をほぼ無くした)。その場合、マイナス金利に対応して銀行は貸出金利を下げて融資を増やしたり、あるいは配当を増やしさえして、総需要を引き上げるかもしれない。そうしたロジックは論文と一切矛盾しない。
  • マイナス金利という超過準備への事実上の税金によって銀行が貸し出しを増やす、というメカニズムは論文のモデルでは発生しない。というのは、預金金利はゼロをあまり下回ることはなく、現金を物理的に貯め込むコストも実際のマイナス金利の0.4-0.7%以内に収まると暗黙裡に想定しているからである。しかし、銀行は実際に現金を物理的に貯め込むことはしないので、コストは1-1.5%程度になるのではないか。また、マイナス金利に対応して銀行は手数料を引き上げ、預金金利を事実上ゼロ以下に引き下げる、と論じている論文もある(著者たちもその点を認識している)。
  • 銀行が預金金利をマイナスにしなかったのは、現金を貯め込むコストが存在しないためではなく、預金者の反応を恐れたためや、政策が一時的なものだと考えたため、あるいは多額の不良債権のためではないか。また、もしフットボール場並みの広い場所に現金を実際に貯め込んだら、セキュリティや保険のためにコストは非線形的に増大するだろう(それでも上限はあるだろうが)。著者たちはこうした前提の変化が結論をどのように変えるか明らかにすべきではないか。
  • 理論面について他にも以下の点が指摘できる。
    • これは1期間モデルだが、マイナス金利は、ゼロ金利の維持よりも将来の短期金利について強いシグナルを送り、長期金利に影響するだろう(そうした実証結果も出ている
    • マイナス金利はまた、インフレ達成に関する中銀の本気度を示すシグナルにもなる
    • モデルは閉鎖経済だが、マイナス金利資本流出と為替の減価を招くだろう(特にイールドカーブに影響する場合は)
    • マイナス金利が拡張的となる要因は他にも導入可能。Davide Porcellacchiaの論文では、マイナス金利は消費者の全体的な貯蓄を下げる、と論じられている。
  • 実証面でも、著者たちはデンマークのマイナス金利は預金金利に波及しなかった、と書いたが、実際にはやや低下したように見える。確かにスイスや日本では預金金利にあまり波及しなかったが、ドイツやユーロ圏では1対1で波及したといえるのではないか。また、より重要な話として、貸出金利にも波及したケースがあるように見える(日本は預金金利は低下しなかったが貸出金利は低下した)。さらに、アナウンスメント効果により経済の様々な金利が低下するという効果も見られた。

*1:ここでCampbellは必要準備にはプラスの金利が支払われると書いているが、2016.3.16以降MROは0%になっている(cf. こここの論文のBox.2)。