グローバルバリューチェーンの「オーストリア学派的」モデル

というNBER論文が上がっているungated版へのリンク)。原題は「An 'Austrian' Model of Global Value Chains」で、著者はPol Antràs(ハーバード大)。27日エントリで紹介した同じ著者の論文と似たようなタイトルだが、ここではそちらで考慮していなかったサプライチェーンに焦点を当てたとの由。
以下はその要旨。

I develop a stylized model of multi-stage production in which the time length of each stage is endogenously determined. Letting the production process mature for a longer period of time increases labor productivity, but it comes at the cost of higher working capital needs for firms. Under autarky, countries with lower interest rates feature longer production processes, higher labor productivity, and higher wages. In a free trade equilibrium, countries with lower interest rates specialize in relatively ‘time intensive’ stages in global value chains (GVCs). Yet, if free trade brings about interest rate equalization, wages are also equalized and the pattern of trade is instead shaped by capital intensity and capital abundance, regardless of the time intensity of the various stages. Reductions in trade costs lead to patterns of specialization associated with higher amounts of vertical specialization in world trade. A worldwide decline in interest rates similarly fosters an increase in the share of GVC trade in world trade. The framework also sheds light on the role of trade credit and trade finance in shaping international specialization.
(拙訳)
私は、各段階の期間が内生的に決定される多段階生産の定式化されたモデルを開発した。生産過程をより長い期間を掛けて熟成させると労働生産性が高まるが、その対価として企業が必要とする実働資本が多くなる。閉鎖経済では、金利の低い国は、生産過程が長く、労働生産性が高く、そして賃金も高くなる。自由貿易均衡では、金利の低い国はグローバルバリューチェーン(GVCs)において相対的に「時間集約的」な段階に特化する。しかし、自由貿易によって金利の均等化がもたらされるならば、賃金も均等化されて、貿易パターンはむしろ資本集約度と資本の潤沢さによって形成され、各種の段階の時間集約度は無関係となる。貿易コストの低下は、世界貿易における垂直分業の量を増やす。世界的な金利の低下も同様に世界貿易におけるGVC貿易の比率を高める。この枠組みはまた、国際分業の形成において貿易信用と貿易金融が果たす役割を明らかにする。

瞬間インフレ率

「Instantaneous Inflation」という最近の論文の分析が広く引用されている、とクルーグマンツイートしているクルーグマンが引リツしているJan Eeckhoutはポンペウ・ファブラ大学の教授で、分析内容を連ツイで解説するとともに、自サイトに上げている論文にリンクしている。

Eeckhoutが論文で提示している瞬間インフレ率の式は以下の通り。
  i_t^K=\prod^{11}_{\tau=0}(1+i_{t-\tau}^m)^{\kappa(\tau)}-1
ここでiは月次の前月比のインフレ率で、κは過去12か月のインフレ率を集計する際のウエートを定めるカーネル関数である。論文では以下のカーネル関数を用いている。
  \kappa(\tau,a)=\frac{(T-\tau)^a}{\sum^{T-1}_{\tau=0}(T-\tau)^a}T
aは0以上のパラメータで、Tはここでは12である。a=0の場合、κ(τ,0)=1となり、ウエートは一様になるので、瞬間インフレ率は過去12か月のインフレ率を単純に累積した値、即ち前年比となる。a=1の場合、κ(τ,1)=(12-τ)×(12/78)となり、当月(τ=0)は1.8、1年前(τ=11)は0.15となる。即ち、κは直近の値のウエートが高くなる線形関数となる。aを1より大きな値にすると、カーネルは凸関数になり、直近のウエートが非線形に高くなる。a→∞の場合は最後の値のみ使う形になる。論文ではa=4を主に用いている。

Eeckhoutに言わせれば、今のようにインフレ率の変動が大きい時には、単純な前年比を使うよりも、直近により大きなウエートを掛けた瞬間インフレ率の方が実態を上手く捉えられる、とのことである。Eeckhoutは、米国とユーロ圏では瞬間インフレ率を使うことによりインフレの低下トレンドがはっきりするが(米国の12月の総合インフレ率は6.5%ではなく2%になるとの由)、英豪日ではそうでもない、という結果をグラフで示している。

これについてのクルーグマンツイッターでのコメントは以下の通り。

I've been a bit behind on commenting on this widely cited recent analysis, but thought I might still have something to contribute. Warning: very wonkish, not for normal humans 1/
First off, I basically agree with Eeckhout's conclusion: underlying inflation has fallen fast, although not quite ready to say that it's 2 percent. Also agree with the general point about the need to smooth but not too much: monthly is too noisy, annual too far behind reality 2/
In fact, most practical analysts are using a variety of methods to try and extract the inflation signal from the noise, typically looking at 3-month changes in an index that excludes volatile stuff like energy and stuff with known long lags, mainly shelter 3/
What does Eeckhout's procedure add? It doesn't throw out data before past 3 months. Maybe more important, "artisanal" inflation measures can tempt analysts into choosing measures that tell them what they want to hear. So there's something to be said for a hands-free filter 4/
On the other hand, the filter also throws out information. The dynamics of, say, official food and shelter price indexes are different in known ways; applying a common smoothing approach to the overall index means ignoring what we know about sectors 5/
A parallel that immediately occurred to me is estimating potential GDP. It can seem appealing to use a statistical smoothing procedure like Hedrick-Prescott, which sometimes produces plausible results. But we also know that it can go badly wrong at times 6/
E.g., a smoothing approach interprets any sustained downturn as permanent — so it ends up saying that the Great Depression was over by 1935. I actually worry Eeckhout's approach may be doing a milder version of this now, over-interpreting favorable recent inflation shocks 7/
I say this even though I want to believe that inflation has rolled over. It's clearly way down, but a mechanical approach throws out data that might give reason for caution, say on wages 8/
All that said, very happy to see this kind of work being done. Traditional core inflation has performed badly lately, and we need to be exploring new approaches 9/
(拙訳)
この広く引用された最近の分析にコメントするのが少し遅れたが、それでも貢献できると思う。警告:非常に専門的で、普通の人向けではない。
まず第一に、Eeckhoutの結論には基本的に賛成。2%になったとまでは言い切れないが、基調インフレは急速に低下している。平滑化すべきだが、過度に平滑化すべきではない、という一般論にも賛成。月次はノイズが多過ぎ、年次は足元の現実から遅れを取り過ぎている。
実際、大半の実地の分析者は、ノイズからインフレのシグナルを拾おうとして様々な手法を用いている。代表的なのは、エネルギーのような変動の大きなものや、主として住宅サービスのようなラグが長いことが知られているものを除いた指数で、3か月の変化を見る、というものだ。
Eeckhoutの手法の付加価値は何か? その手法では3か月より前のデータも捨て去ることはしない。それよりも重要かもしれないのは、「職人芸による」インフレ指標では、耳にしたいことを伝える指標を選択する誘惑に分析者が駆られる可能性があることだ。ということで、人の手を介さないフィルタには何らかの価値がある。
その一方で、フィルタもまた情報を捨て去る。例えば公的な食料と住宅サービスの物価指数が他と違った動きをすることは既知の話である。全体の指数に共通の平滑化の手法を適用することは、各部門について我々が知っていることを無視することを意味する。
このことの類例として私がすぐに思いついたのは、潜在GDPの推計である。時々もっともらしい結果を出すホドリック=プレスコット*1のような統計的平滑化手法を用いるのは、魅力的に思われる。しかしその手法は時としてかなり悪しき結果をもたらすことも我々は知っている*2
例えば、平滑化手法では持続的な低下をすべて永続的なものと見做してしまう――結果として、大恐慌は1935年には終了していた、と言うことになる。実際のところ私は、Eeckhoutの手法がその穏健なバージョンを今やらかしているのではないかと危惧している。最近の望ましいインフレショックを過剰に解釈しているのではないか、という懸念である。
インフレが終わった、と私も信じたいものの、その点は指摘せざるを得ない。明らかに低下しているが、機械的な手法では、例えば賃金について警戒すべき理由を提供するかもしれないデータも放り出してしまう。
とは言え、このような研究がなされたことは非常に喜ばしい。従来のコアインフレの最近のパフォーマンスは悪く、新たなアプローチの探究が必要なところである。

*1:クルーグマンはHedrick-Prescotttypoしているが、正しくはHodrick-Prescott

*2:cf. ここここここ

長期停滞は終わらない

「Secular stagnation is not over」という小論をブランシャールが書きクルーグマンが賛意を表している

ブランシャールによると、長期停滞の議論を現代に甦らせたサマーズは、もう長期停滞に戻ることはない、とAEA大会で述べたという。しかしブランシャールは、そのサマーズに敢えて異を唱えている。

ここでブランシャールはr-gに焦点を当てる*1。彼に言わせれば、マクロ経済政策にとってこれ以上に重要な変数はない、とのことである。彼は様々な指標によるr-gを計算し、それが-0.7~-1.3%程度であることを示している。これはコロナ禍やインフレといった要因でプラスに転じることのない深い構造的ファクターである、と彼は言う。

こうしたr-gの低下傾向をもたらした要因は、貯蓄、投資、安全資産の選好の3つである、とブランシャールは指摘する。
このうち貯蓄は、高齢化と所得水準(所得の伸びではなく)上昇という2つの傾向に支えられて増えており、その2つの傾向は今後も継続すると考えられる。
安全資産の選好も、コロナ禍にみられるような不確実性の高まりや、金融機関に一定以上の流動性資産保有を義務付けた規制により、やはりこれからも続くと思われる。
残るは投資だが、これについては不確実性が大きく、温暖化対策や防衛費など今後の投資を増やす要因が多いことを認めつつも、そうした投資もr-gを逆転させるには十分なものとはならないだろう、とブランシャールは言う。
また、サマーズはコロナ対策で政府債務が増えたことをrの上昇要因として挙げたが、先進国の債務GDP比率は2019年の75%から2022年に82%に増えたに過ぎず、rを15-30ベーシスポイント上げるに過ぎない、とブランシャールは指摘している。

ということで、今のインフレと高金利の時期は幕間劇に過ぎず、インフレとの闘いが終わったらまた低金利とマイナスのr-gの時期が来る、とブランシャールは予言する。その時にはまた金融財政政策について考えることになる――それについてのブランシャールの考えは以前のブログエントリにまとめてある――と述べて彼はこの小論を締めくくっている。


当然ながら、こうしたブランシャールの見解は、昨日日本で話題になった令和臨調の緊急提言とは対照的である。同臨調の経済への見解においては、r*という概念や、それとrやgとの大小関係と経済との結びつきについては触れられておらず、長期停滞はあくまでも日本の官民の怠慢という独自要因でもたらされたもの、ということのようである。従来の日本の政策や企業の在り方を否定するにしても、頭ごなしの否定ではなく、もう少しブランシャールらの議論を踏まえた政策論議を日本でも聞きたいような気がするが*2、それは無いものねだりということになるのであろうか。

*1:この点についてはジョン・コクランAndy Harlessが違和感を感じた旨のツイートをしている。そのうちのHarlessは、長期停滞で問題になるのはrがgに比べて低いことではなくr*に比べて高いことではないか、と指摘した。それに対しブランシャールは、近著を読んでほしいと応じつつ、低いr*にはr*<gという側面と、ゼロ金利下限のために中銀がrを十分に下げられないためにr*<rとなるという2つの側面がある、という見解を示している

*2:上述のブランシャールの以前のブログエントリでは金融財政政策についての彼の考えが45項目にまとめられているが、その第44項では日本を取り上げ、政府が30年に亘って巨額の財政赤字を計上して債務GDP比率が上昇した一方で、日銀が政策金利を実効下限に留めたことは、意図したものではなかったかもしれないが、条件付きで正しい戦略だったと言える、と評価している。その前後の項では、財政出動が過小だったようにみえる金融危機後の欧州(A case of too little?)と、過大だったようにみえるコロナ禍時の米国(A case of too much?)を取り上げており、それらとの対比で日本は適正だったのでは(A case of just right?)、と述べている。ただ、日本の債務の持続可能性には彼も懸念を示し、需要を引き上げる別の方法を探すことが急務、とも述べている。

コント:ポール君とラリー君――過去と現在の区別に気を付けようの巻

サマーズがツイッターで以下のようにクルーグマン揶揄した

@paulkrugman is right that measuring inflation is difficult. But he continues his pattern of choosing to emphasize issues that could lower rather than raise expected inflation. He ignored the housing issues when I and others were pointing them out last year.
The same point about new transactions vs. past transactions present wrt housing applies to the labor market but Paul fails to note that new hire wages are still way up and reservation wages continue to climb. He doesn’t consider that effort may be down for those working at home.
Nor does Paul note that some of the deflation seen in used cars and other sectors is not sustainable because it reflects the unwinding of past price run ups.
There is the further point that non availability is much more common than several years ago and implies that “real prices” are higher than measured ones.
It may well be that given the balance of risks the @federalreserve should stop hiking soon but the debate is best framed recognizing all the biases in official measures.
(拙訳)
ポール・クルーグマンが、インフレの計測は難しい、と言っているのは正しい。だが彼は、予想インフレを上げるよりも下げるであろう案件を強調する、といういつものパターンを続けている。昨年彼は、私や他の人々が住宅の問題を指摘した時にそれを無視した。
現在の住宅における新規の取引と過去の取引の件*1と同様の話が労働市場にも当てはまるが、ポールは新規雇用の賃金が未だに上がっており、留保賃金も上昇を続けていることを認識していない。彼は、そうした上昇傾向が在宅勤務者にも波及する可能性を考慮していない。

ポールはまた、中古車や他の部門で見られるデフレーションが、部分的には過去の価格上昇の巻き戻しを反映したものであるため、持続可能ではないことも認識していない。
また、データが利用できない品目が数年前よりもかなり多くなっており、それは「実際の価格」が測定されたものよりも高くなっていることを意味する、という問題もある。
リスクの比較衡量からするとFRBは間もなく利上げを停止すべき、という話が正しい可能性はあるが、そうした議論は公的指標のバイアスを全て認識した上で行うのが最善である。


これにクルーグマンは、Joey Politanoという経済ライターのこちらのツイートをRTすることで応じている。

Incredibly ironic that while chiding Paul Krugman for overlooking data lags in housing CPI last year Larry Summers cites data that is a 12-month moving average of observed wage growth rates. In other words, more lagging data.
(拙訳)
昨年の住宅CPIにおけるデータのラグを見落とした件でポール・クルーグマンを窘めたラリー・サマーズが、観測された賃金伸び率の12か月移動平均データを引用しているというのは、ものすごく皮肉な話である。言い換えれば、もっとラグを取ったデータである。


クルーグマンは続けて以下の連ツイを立て、サマーズらインフレタカ派を皮肉っている。

Some notes on inflation. First, clearing up a misconception: no, measures like "supercore" that exclude food, energy, shelter and used cars aren't finding disinflation by throwing out the inflation 1/
Headline inflation is actually being held down by some clearly one-off things, like falling gas prices, but also being exaggerated by shelter prices that reflect a rent surge that ended many months ago. Overall it's more or less a wash, and the disinflation is real 2/
Second, the current inflation debate is very different from the one that took place in 2021. Then, Team Transitory argued that despite large fiscal stimulus we wouldn't see a big rise in inflation; we were wrong, and have admitted that 3/
But now the argument is between what we might call Team Stagflation and Team Soft Landing. Many of the same players, but in many ways a role reversal in arguments 4/
At this point the big surge in domestic spending is behind us, with nominal spending growth rapidly slowing to rates more or less consistent with target inflation 5/
Team Stagflation nonetheless argues that inflation will remain high, that bringing it down will require an extended period of high unemployment, as happened in the 1980s. And of course they could be right. But what's their theory of the case? 6/
Textbook macro says that inflation can become entrenched via expectations. But medium- and long-term inflation expectations never rose much, and are now back to roughly pre pandemic levels 7/
You could argue that the textbook model is all wrong, and inflation will be sticky for other reasons. But most of the data seem to show inflation falling fast, and attempts to deny the good news are getting increasingly contorted 8/
We are still waiting for Godot, I mean the Employment Cost Index, which might (or might not) give some new justification for pessimism. But as Joey Politano says, the available data suggest deceleration 9/


My hope is that people who were right about inflation — and got a lot of justified credit for making that call — won't try to hold on to their glory days by denying the growing evidence that the inflation surge is behind us 10/
(拙訳)
インフレについてのメモ。まず、誤解を正しておきたい。食料、エネルギー、住宅サービス、および中古車を除いた「スーパーコア」のような指標は、インフレを外に放り出すことによってディスインフレを見い出しているわけではない。

総合インフレは実際、ガソリン価格の下落のような明らかに一回限りの出来事で下がっているが、何か月も前に終わった賃料の急騰を反映した住宅サービス価格によって過大になってもいる。全体としてはそれらはおおよそ相殺されており、ディスインフレは現実に起きている。
第二に、現在のインフレ論争は、2021年に起きたものとはかなり違っている。当時、“インフレは一時的だよ”チームは、大規模な財政刺激があったにもかかわらず、インフレの大きな上昇は起きない、と主張した。我々は間違っていて、それを認めた。
しかし今は、スタグフレーションチーム対軟着陸チームとでも呼ぶべき集団間で議論が起きている。顔ぶれは前回とかなり共通しているが、多くの点で議論における役割の逆転が生じている。
現時点で国内支出の大きな伸びは過去のものとなっており、名目支出の伸びは、目標インフレと概ね整合的な伸び率にまで急速に鈍化しつつある。
それにもかかわらずスタグフレーションチームは、インフレは高止まりし、それを下げるには1980年代のような失業率が高い期間がある程度の長さ必要、と主張している。もちろん彼らが正しい可能性はある。しかしこの件についての彼らの理論は何だろう?
教科書のマクロによれば、インフレは予想を通じて固定化される。しかし中長期のインフレ予想が大きく上がったことはなく、今はコロナ禍前の水準に大体戻っている。

教科書のモデルは全く間違っており、インフレは別の理由で粘着的になっている、と論じることもできよう。しかしデータの大半はインフレが急速に低下していることを示しているように思われ、良いニュースを否定する試みはますますひねくれたものになっている。
我々は未だゴドー、もとい雇用コスト指数を待っている。それは悲観論の新たな正当化を提供してくれるかもしれない(あるいは提供してくれないかもしれない)。しかしジョーイ・ポリタノが言うように、利用可能なデータは減速を示唆しているのである。

(Joey Politanoのツイート*2
完全な構図を把握するには次週公表される職と賃金のデータを待つ必要があるが、今現在の手持ちの最良の証拠によれば、労働所得の伸びはかなり急速に減速している。

インフレについて正しかった人々――彼らはその言説によって正当な評価を多く得た――が、インフレ高騰は過去のものとなったという積み上がりつつある証拠を否定することで過去の栄光に縋りつこうとしないことを願う。
www.youtube.com

*1:cf. ここ

*2:上記のサマーズの移動平均の使用を批判したツイートの続きのツイート。ちなみに次のツイートでPolitanoは、在宅勤務の比率はコロナ禍が始まった3年前以降は低下を続けていることを指摘し、その影響を過大評価しようとしているという点でサマーズを批判している。

機械学習を用いた中国の金融リスクの測定

というECB論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「Using machine learning to measure financial risk in China」で、著者はAlexander Al-Haschimi(ECB)、Apostolos Apostolou(IMF)、Andres Azqueta-Gavaldon(Sensyne Health*1)、Martino Ricci(ECB)。
以下はその要旨。

We develop a measure of overall financial risk in China by applying machine learning techniques to textual data. A pre-defined set of relevant newspaper articles is first selected using a specific constellation of risk-related keywords. Then, we employ topical modelling based on an unsupervised machine learning algorithm to decompose financial risk into its thematic drivers. The resulting aggregated indicator can identify major episodes of overall heightened financial risks in China, which cannot be consistently captured using financial data. Finally, a structural VAR framework is employed to show that shocks to the financial risk measure have a significant impact on macroeconomic and financial variables in China and abroad.
(拙訳)
我々は、文書データに機械学習技法を適用することにより、中国の全体的な金融リスクの指標を開発した。まず、特定のリスク関連のキーワード集合を用いて、事前に定めた一連の関連する新聞記事を選択した。次に我々は、教師なし機械学習アルゴリズムに基づくトピックモデル*2を用いて、金融リスクをテーマごとの要因に分解した*3。結果として求められた総括的な指標は、中国で全体的な金融リスクが高まった主要な事例を識別することができた。それは金融データの使用では体系的に捉えられないものだった。また、構造VARの枠組みを用いて、その金融リスク指標へのショックが中国内外のマクロ経済および金融の変数に有意な影響を与えたことが示された。

*1:cf. 日本語による紹介記事

*2:cf. Topic model - Wikipedia

*3:本文によると、企業の収益性、企業投資、銀行、金融市場、為替、不動産の6つの要因に分解している。

オーストリア学派の研究手法と政策への適用

Mostly Economics経由のオーストリア学派関連論文をもう二丁。一つは、アリゾナ州立大のScott Scheallによる「Complexity, Policymaking, and The Austrian Denial of Macroeconomics」。以下はその要旨。

Economists associated with the Austrian School of Economics are known to deny the value of macroeconomics as descended from the work of John Maynard Keynes and, especially, his followers. Yet, Austrian economists regularly engage in a related scientific activity: theorizing about the causes and consequences of economic fluctuations, i.e., the business cycle. What explains the Austrians’ willingness to engage in theorizing about the business cycle while denying the scientific import of macroeconomics? The present paper argues that the methodological precepts of the School, which have remained largely in place since Carl Menger first pronounced them at the start of the Methodenstreit, justify the kind of business-cycle theorizing that Austrians do and imply the limited scientific value of macroeconomics as descended from Keynes.
(拙訳)
経済学のオーストリア学派に属する経済学者は、ジョン・メイナード・ケインズの研究ならびにとりわけ彼の信奉者の研究に端を発したマクロ経済学の価値を否定することで知られている。しかしながら、オーストリア学派の経済学者は、それと関連する科学活動を常に行っている。経済変動、即ち景気循環の原因と結果の理論化である。マクロ経済学の科学的重要性を否定する一方で、景気循環について理論化しようとするオーストリア学派の意図はどのように説明されるのか? 本稿は、同学派の方法論上の教えについて論じる。その教えは、方法論争*1の開始時にカール・メンガーが最初に明確化して以来、概ねそのままの形を保っており、オーストリア学派が行っているようなタイプの景気循環の理論化を正当化し、ケインズに端を発するマクロ経済学の科学的価値が限定的であることを含意する。

以下は論文の最後の段落。

As an attempt to come to grips with some massively complex phenomena, ABCT explains the principle that gives rise to, and predicts patterns to be observed in, business-cycle phenomena, but it does not aspire to a full explanation or a precise prediction of particular instances of the trade cycle. Indeed, an implication of the theory and the methodological principles upon which it is built is that such explanations and predictions are beyond the ken of cognitively limited human beings. Built upon the methodological principles of theoreticism, individualism, and subjectivism, as well as a profound appreciation of the limitations that complexity places on the possibilities for explaining and predicting, and, therefore, controlling via political means, business-cycle phenomena, there is little prospect that Austrian Business Cycle Theory could ever serve as a tool of political mischief, unlike the oversimplified methods of macroeconomics that encourage economic policymakers to pretend to knowledge they do not possess.
(拙訳)
非常に複雑な現象に取り組む試みとして、オーストリア学派景気循環理論は、景気循環という現象を生み出す原理を説明し、そこに観察されるはずのパターンを予測する。しかし、そうした景気循環を完全に説明したり、特定の事例を正確に予測したりしようとはしない。実際のところ、同景気循環論が構築される基礎となった理論や方法論上の原理が含意するのは、そうした説明や予測は、認知力に限界がある人々の人知を超えたもの、ということである。理論主義*2個人主義、および主観主義の方法論的原理の上に構築されるとともに、景気循環現象を説明したり予測したりする可能性に対して複雑性によって科される限界、従って政策手段によるコントロールの可能性にも科される限界を心底から認識していることから、オーストリア学派景気循環理論が政治的玩具として使われることは決してない。それが、経済政策担当者に実際には持っていない知識を持っているように見せかけることを促すマクロ経済学の過度に単純化された手法と違うところである。


もう一つは、ミドル・テネシー州立大のDaniel J. Smithによる「Austrian Economics as a relevant research program」。以下はその要旨。

What is the relevancy of modern Austrian economics? Austrian economics, from its origins, has attempted to push economics towards greater relevance by developing and refining a methodological approach that enhances the operational validity of its scientific conclusions for decision-making in the real world. In a theoretical paradigm, this led to the development of theoretical insights on significant economic phenomena often excluded from static economics models. As the economics profession took an empirical turn, modern Austrian economics has demonstrated its continued relevancy through empirical methods that apply economic theory to pressing, long-standing policy issues.
(拙訳)
現代オーストリア学派経済学の意義は何だろうか? オーストリア学派経済学は、その最初から、現実世界における意思決定についての科学的結論の実践的有効性を増すような方法論的アプローチを発展させ洗練させることで経済学の重要性を高めようとしてきた。理論パラダイムにおいてそのことは、静学的な経済モデルからはしばしば除外されてきた重要な経済現象についての理論的洞察の発展につながった。経済学者が実証志向に転じるにつれて、現代オーストリア学派経済学は、差し迫った長期に亘る政策問題に適用される実証的手法を通じて、今も続くその重要性を示してきた。

Mostly Economicsは論文から以下の一節を引用している。

…what I mean by relevance is specifically that we do scientific research with policy relevance and that we arrive at scientific conclusions that do not rely on limiting assumptions to the extent that would lead to potentially adverse unintended consequences if used today or in the future, as a basis for real-world decision-making (see, for instance, Munger 2022). It is the distinction, according to Radomysler (1946, p. 198), “between theory that does apply to reality and theory that does not.” An academic can eschew public policy and be wholly concerned only with long-standing problems in political economy but still seek to produce relevant research under this definition.
(拙訳)
・・・重要性で私が意味するのは、とりわけ、政策にとって重要な意味を持つ科学的研究を我々が行い、現実世界の意思決定の基礎として今日もしくは将来に使われた場合に、意図しない悪しき結果につながるような形で限定的な仮定に依存することがない科学的結論に到達することである(例えばムンガー(2022*3)参照)。ラドミスラー(1946、p.198*4)によれば、それが、「現実に当てはまる理論と当てはまらない理論」の差である。学者は、公共政策を避けて政治経済の長期の問題だけに専念しつつ、なおかつこの定義における重要な研究を生み出そうとすることができる。

金利と世界貿易:ある「オーストリア学派的」視点

というNBER論文が上がっているungated版へのリンク;H/T Mostly Economics)。原題は「Interest Rates and World Trade: An 'Austrian' Perspective」で、著者はPol Antràs(ハーバード大)。
以下はその要旨。

This paper develops a framework to study the interplay between world trade and interest rates. The model incorporates an explicit notion of time and of production length, along the lines of the ‘Austrian’ tradition of Böhm-Bawerk (1889). Changes in the interest rate affect production lengths, labor productivity, and the financial costs of exporting. I decompose the response of the volume of world trade to changes in the interest rate into four components: (i) a labor productivity effect, (ii) a propensity to consume out of labor income effect, (iii) a temporal dimension of variable trade costs effect, and (iv) a selection into exporting effect.
(拙訳)
本稿は世界貿易と金利の相互作用を調べる枠組みを構築する。このモデルでは、ベーム=バヴェルク(1889)の「オーストリア学派」の伝統に沿って、時間と生産期間の概念を明確に織り込む。金利の変化は、生産期間、労働生産性、輸出の財務費用に影響する。私は、金利変化に対する世界貿易量の反応を、4つの要素に分解した:(i)労働生産性効果、(ii)労働所得からの消費性向効果、(iii)貿易の変動費の一時的側面の効果、(iii)輸出への選択効果。

ungated版には「Böhm-Bawerk Meets Krugman」という章があり、ベーム=バヴェルクのほかにクルーグマンの貿易理論を取り込んだことが記されている。

上記のungated版へのリンクには論文の短縮版と説明スライドも掲載されているが、スライドではベーム=バヴェルク理論を織り込んだポイントとして以下の3点が挙げられている。

  • 生産過程の熟成は労働生産性を高めるが、その対価として企業が必要とする実働資本が増える
  • 外市場での販売は企業所得の源泉を増やすが、輸出においては生産と消費の間のタイムラグが増える
  • 金利の変化は生産期間、労働生産性、輸出の財務費用に影響する

またスライドでは、金利低下による世界貿易量の増加の4要因を以下のように記述している。

  1. 生産期間と労働生産性を高め、それによって賃金率も高める
  2. 労働所得からの消費性向を高める
  3. 輸出の変動費に関連する実働資本の追加必要分を減らす
  4. 輸出の固定費に関連する実働資本の追加必要分を減らす*1

*1:この点については上記のベーム=バヴェルク、クルーグマンに加えてMelitz(2003)の貿易理論が織り込まれており、退出するか、国内生産に特化するか、それとも国内生産のほかに輸出もするか、という企業の3つの選択に関連する2つの閾値の相対比が、国内生産の固定費用と輸出の固定費用の比率に関連付けられている。この時、輸出の固定費用には金利に関連する項が乗じられていることから、金利の変化によって閾値の相対比が影響を受ける。