供給ショックが需要不足につながる時

について書かれた論文クルーグマン激賞している。論文のタイトルは「Macroeconomic Implications of COVID-19: Can Negative Supply Shocks Cause Demand Shortages?」で、著者はVeronica Guerrieri(シカゴ大)、Guido Lorenzoni(ノースウエスタン大)、Ludwig Straub(ハーバード大)、Iván Werning(MIT)。クルーグマン自身も3月末に同様の点について考察した小論を上げているが、こちらの論文の方がより深く緻密に考察している、としている。

論文の一つの結論は以下の図に集約されている。
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以下はその図についての説明。

Figure 1 illustrates this logic for two sectors, 1 and 2, where sector 1 gets shocked. In a representative agent setting, agents working in both sectors pool their income and spend it across sectors identically. Here, the difference between inter- and intra-temporal elasticities matters for whether sector 2 is affected by the shock in sector 1. Figure 1(b) shows the knife-edge case where both elasticities are equal and sector 2 is unaffected. Panel (c) then emphasizes that with incomplete markets, even this case causes sector 2 to go into a recession, as sector 1 workers cut back their spending on sector 2. Thus, Figure 1 illustrates how a supply shock in sector 1 can spill over into a demand shortage in sector 2, that is amplified by incomplete markets.
(拙訳)
図1は上述の論理を2部門について描写している。ここでは部門1と部門2のうち部門1がショックを受ける。代表的個人の枠組みでは、両部門の労働者は所得をプールし、その所得を部門を跨って同じように支出する。この枠組みで部門1のショックから部門2が影響を受けるかどうかは、異時点間と同時点の弾力性の差次第である。図1(b)は両弾力性が等しく、部門2が影響を受けないナイフエッジのケースである。一方、パネル(c)では、市場が不完全ならばその場合でも部門2が不況に陥ることを示している。というのは、部門1の労働者は部門2への支出を切り詰めるからである*1。と言うことで図1は、部門1での供給ショックが部門2の需要不足にどのように波及し得るかを示している。その波及は不完全市場によって増幅する。

この場合、通常の財政政策は効かない、と著者たちは言う。

The fact that aggregate demand causes a recession above and beyond the reduction in supply might lead one to think that fiscal policy interventions are powerful in keeping aggregate demand up. We show that this is a false conclusion. First of all, the marginal propensity to consume may be low. Second, and more surprisingly, the standard Keynesian cross logic behind fiscal multipliers is not operational in the recession, there are no second round effects, so the multiplier for government spending is 1 and that for transfers is less than 1. To see this, note that the highest-MPC agents in the economy are the former employees of the shut down sector. They do not benefit from any government spending. They do benefit from direct transfers, but none of their spending will return to them as income. Thus, the typical Keynesian-cross amplification is broken as the highest-MPC agents in the economy do not benefit from spending by households or the government that was induced by fiscal policy.
(拙訳)
供給の減少を上回る不況が総需要によって引き起こされるということから、財政による政策介入が総需要を上向きに維持する上で強力なツールとなる、と考える人もいるかもしれない。我々はそれが誤った結論であることを示す。第一に、消費の限界性向は低い。第二に、より驚くべきことには、財政乗数の背後にある標準的なケインジアンクロスの論理が不況下で働かない。二次的な効果が起きないため、政府支出乗数は1となり、移転支出乗数は1より小さくなる。そのことを理解するために、経済で最も限界消費性向が高い人は閉鎖された部門の元労働者であることに注目されたい。彼らは政府支出の恩恵を受けない。直接的な移転支出の恩恵は受けるが、彼らの支出が自分たちの所得として返って来ることは無い。ということで、経済で最も限界消費性向の高い人たちが財政政策によって惹起される家計や政府の支出の恩恵を受けないため、標準的なケインジアンクロスの増幅効果は機能しないのである。

ただ、雇用調整助成金や、企業の債務負担や資金難を軽減する金融政策、および労働者への社会保障は効果がある、と論文は述べている。

*1:完全市場の場合について著者の一人はツイッターで「Although demand and work in sector 2 may fall, workers hit in sector 1 still buy stuff from 2, because they are perfectly insured.(部門2の需要と仕事は減るが、ショックを受けた部門1の労働者は依然として部門2から物品を購入する。というのは、彼らには完全な保険があるからである。)」と説明している

経済学者たちのSIRモデル

経済学者がSIRモデル(cf. Wikipedia)を扱った論文が幾つか上がっている。

ハーバードのジェームズ・ストックは、「Data Gaps and the Policy Response to the Novel Coronavirus」と題した論文を公開している(H/T マンキューブログ)。そこで彼は、現在の検査が有症状者に偏っていることから、SIRモデルにおける感染確率Pr(It)が正確に測定できないことを指摘し、以下のベイズ則による表現式を提示している。
  Pr[It|有症状] = Pr[有症状|It]Pr[It]/Pr[有症状] = (1-πa)Pr[It]/Pr[有症状]
ここでπaは無症状率(検知されない感染率)である。 
また上式の分母は
  Pr[有症状] = Pr[有症状|It]Pr[It] + Pr[有症状|St]Pr[St] + Pr[有症状|Rt]Pr[Rt]
       = (1-πa)Pr[It] + s0(Pr[St]+Pr[Rt])
として表される。ここでs0は感受性保持者Stと免疫保持者Rtの有症状(通常の風邪やアレルギー)の基礎率である。
ストックは、検査の陽性率の時系列データを使ってこのモデルを推計することは可能だろうが、それはしない、として、代わりにπaの重要性を示すシミュレーションを行っている。具体的には、隔離政策によって感染率β(ないしR0=β/γ)の経路をコントロールしたとしても、πaの値によって結果が違ってくることを示している。

同じマンキューブログエントリでリンクしているUCLAのAtkesonは、「What Will Be the Economic Impact of COVID-19 in the US? Rough Estimates of Disease Scenarios」という論文を公開している(NBERでも読める)。Atkesonもストックと同様にR0の経路によって経済コストが変わってくることをSIRモデルで示している。ただ、Atkesonのシミュレーションで一つ面白いのは、R0を最初思い切って抑えて、その後緩めたケースを示したことである。その場合、累積感染者数は遅れて増大するので、現在厳しい社会的隔離策を取って抑制に成功した国も、油断は禁物、ということになる。

ストックもAtkesonも具体的な経済コストの試算は行わなかったが、Martin S. Eichenbaum(ノースウエスタン大)、Sergio Rebelo(同)、Mathias Trabandt(ベルリン自由大)のNBER論文「The Macroeconomics of Epidemics」はSIRモデルと経済モデルをリンクすることによってそうした試算を行っている(論文自体も読める)。具体的には、感染リスクが消費行動に反映されるSIRマクロモデルを提示し、そうしたマクロモデルの組み込みによって感染が抑えられる代わりに景気後退が深くなることを示している。また、医療崩壊や、有効な治療法やワクチンの開発確率も加えたモデルも示し、それぞれについて最適抑制政策の効果も試算している。

事後に対象者を絞る社会保険

パンデミック対策としてマンキューがブログで提案している
単純で素早くパンデミック対策の給付を行うためには全国民に配るのが良い、と言う経済学者もいるが、そうした気前の良い給付は本当に困っている人に対象を絞っていないので高くつく、と懸念する経済学者もいる。かといって本当に困っている人に対象を絞った給付は対象者の特定に時間が掛かり、かつ、漏れが生じる恐れもある。
そこでマンキューが提案するのが、事前に対象者を絞るのではなく事後に対象者を絞るやり方である。
具体的には、以下の給付と所得税付加税の組み合わせを提案している:

  • 今後Nヶ月、全員に毎月Xドルを給付する。
  • 2020年に、2021年4月(もしくは数年後)を納税期限とする所得税付加税を課す。額はN*X*(Y2020/Y2019)とする。ここでY2020は各人の2020年の所得、Y2019は2019年の所得である。ただし、この所得税付加税はN*Xを上限とする。

こうすれば、今年の所得がゼロになる人は社会保険給付を全額保持し、所得税付加税を払うことはない。今年の所得が前年から半減する人は社会保険給付の半額を保持し、所得税付加税で半額還付する。今年の所得が前年と変わらないか増える人は全額を還付し、結局、短期の借り入れを行ったのと同じことになる。
なお、このプランでは、Y2020がY2019より低い場合、2020年の所得に1ドル当たりN*X/Y2019の追加的な限界税率が掛かることになる。サプライサイダーの強硬派はそのことに目を剥くかもしれないが、今は税の歪み効果に目くじらを立てる時ではなく、給付を優先すべき、とマンキューは言う。パンデミック期に外に出て働くことの外部性を考えれば、限界税率の上昇はむしろ効率的という議論が成り立つかも、と彼は指摘する。
具体的な数字としてマンキューは、説明のための数字であってそれを勧めているわけではないと断りつつ、X=2000ドル、N=6ヶ月を挙げている。そうすると各人に1万2000ドルを給付することになるが、米国の成人人口が3億人なので、費用総計は3.6兆ドルとなる。これは大きな額ではあるが、大部分の人にとっては短期借入金となるので、見た目ほど恐ろしい数字ではない、とマンキューは言う。労働力人口の25%が半年失業する、という非常に悪いシナリオでも、純財政費用は2400億ドルとGDPの1.2%にとどまる、とマンキューは指摘している*1

*1:収入が半減する4000万人の受給額は1人当たり6000ドル、という計算。失業した人が平均的な年収である4万ドルを得ていたとすると、この6000ドルは失われた収入の30%を埋めることになり、より低い年収の人にとってはその比率は高くなる。また、それが短期借入金となる人にとっても打撃を和らげるクッションになる、とマンキューは指摘する。

マンキュー「パンデミックに寄せて」

マンキューが「Thoughts on the Pandemic」というブログ記事を上げ、箇条書きで以下のようなことを述べている。

  • 景気後退の可能性は高く、おそらくそれが最適である(望ましい、という意味ではなく、この状況下で我々ができる最善の行動という意味で)。
  • 医療危機の緩和が最優先課題。ファウチ博士が要求するものはすべて与えよ。
  • 財政当局は総需要ではなく社会保険に重点を置くべし。ファイナンシャル・プランナーは、6ヶ月の生活費を予備費として確保しておけ、と人々に説くが、残念ながら、多くの人がそうしていない。本当に困っている人を特定するのが難しいこと、およびそうした特定に付き纏う問題を考えると、手始めにすべての米国人に1000ドルの小切手を可能な限り早急に送るのが良いだろう。この状況下では給与税減税にはあまり意味はない。というのは、働けない人には何ら恩恵がないからである。
  • 政府債務の拡大を懸念すべき時はあるが、今はその時ではない。
  • 外部性は大きい。人々の現下の経済的困難に対して手を差し伸べれば、家に留まる人が増え、ウィルスの拡散が抑えられる。言い換えれば、社会保険の公平性だけでなく効率性の面でも実施の根拠がある。
  • 金融政策は流動性の維持に重点を置くべし。FRB金利設定者としての役割は最後の貸し手としての役割ほど重要ではない。ドッド=フランク法によって手が縛られ過ぎている、とFRBが考えるならば、議会はすぐにその束縛を解くべきである。
  • トランプ大統領はその減らず口を閉じろ。彼は、自分が何を話しているか分かっている人の意見に従うべきだ。残念ながら、そうはなりそうもないが。

マンキューのMMT論

マンキューが昨年12月に「A Skeptic’s Guide to Modern Monetary Theory」という小論を書いている(H/T マンキューブログ)。以下はその概要。

  • 自国通貨を発行している国は債務不履行になることはない、というMMTの主張については、以下の3点で異論がある:
    1. 債務を支払うために政府が発行する貨幣は、最終的には銀行システムの準備預金となる可能性が高い。現行の金融システムでは準備預金に付利を行っているため、政府はそうした準備預金に(FRB経由で)利子を支払う必要があり、結局のところ実質的には借金していることになる。貨幣が永久に準備預金の形に留まるとしても、利子は時間と共に累積していく。MMT支持者はその利子も貨幣の発行によって賄えば良いというかもしれないが、拡張し続けるマネタリーベースはさらなる問題を引き起こす。資産効果によって総需要が増え、最終的にはインフレがもたらされる。
    2. 仮に準備預金に十分な利子が支払われないと、マネタリーベースの拡張は銀行融資とマネーサプライを増やす。拡張したマネーサプライを人々に保有させるためには金利は低下しなければならないが、これも総需要とインフレに上方圧力を加える。
    3. インフレの上昇は実質貨幣需要を減らす。実質貨幣残高が減れば、政府の貨幣創出によって要求できる実物資源も減少する。おそらくはシニョリッジのラッファー曲線というものが存在し、財政的な制約が無いものとして行動する政府は、すぐに自らがそのラッファー曲線の宜しくない側にいることに気付くことになるだろう。そこでは貨幣発行能力の限界価値がほとんど無くなる。
  • 以上の状況に直面した政府は、貨幣能力があっても債務を履行しないことが最善の選択だと決断するかもしれない。即ち、政府の債務不履行は避けられないがために起きるのではなく、ハイパーインフレよりまし、ということで起きる可能性がある。
  • ここではインフレについては主流派の見解を用いている。その最も単純な説明は貨幣数量説だが、MMT支持者は、マネーサプライの増加と一般物価水準の上昇との間に単純な比例関係は無い、と言う。しかし、その主張は主流派見解への反証を過大評価している。1870年以降の米国の10年単位のデータではインフレと貨幣の伸び率の相関は0.79であり、国際的なデータも同様の高い相関を示している。確かに主流派も単純な貨幣数量説を超えた理論を展開しているが、それは貨幣数量説を反駁するためではなく、より精緻化させるためである。
  • MMT支持者は、労働と資本が国民所得の分配を巡って争う時にインフレが制御できなくなる、と言う。その見解によれば、政府による賃金や物価の指針ないし統制といった所得政策が高インフレの解決策となる。一方、主流派のインフレ理論は、そうした階級闘争ではなく、総需要の過大な伸びに重点を置く。MMTにもその考えはあるが、そうした可能性は実際のものというよりは仮説上のものと考えているようである。
  • MMTは、資本主義経済では完全雇用は稀であり、生産能力に余力があるのが常である、と言う。これは、ニューケインジアンの文脈において、経済は「ケインジアンジーム」にあるのが常である、と言うのに近い。ただし、その際に生産や雇用の自然水準と最適水準の区別が重要になる。市場支配力のために全般的な超過供給が常態となっている時には、自然水準が最適水準を下回ることになる。インフレは、生産が雇用を自然水準を超えると、たとえそれらが最適水準を下回っていたとしても、上昇する傾向にある。それは、価格設定者が社会厚生ではなく私的な厚生を最大化しようとするためである。彼らは、限界費用に対する価格のマークアップに関する自らの目標を達成しようとする。
  • MMTとニューケインジアンが袂を分かつのはその点についてである。MMT経済学者は、政策策担当者は最適を目指すべきであり、価格設定者が値上げによってそれを邪魔しようとするならば価格指針や価格統制によってその問題に対処すべき、と言う。ニューケインジアンは、市場支配力が存在する世界では民間の価格設定が最善とはならないことを認めつつも、政府が価格設定に関与すると単純な理論では資源配分が改善するが、経済の複雑さや価格統制の歴史に鑑みるとそれは現実的な解決策にはならない、としている。

将来世代はグレタ・トゥーンベリを許さない?

ふと、かつて温暖化対策の行き過ぎを諌めたビョルン・ロンボルグはグレタ・トゥーンベリについて何か言っているのかな、とぐぐってみたところ、9月末にこのような論説を書いていることを知った。以下はその概要。

  • 人間が気候変動の科学を理解して行動しないことは「悪」であり、気候変動によって「人が死んで」おり、あと8年余りで炭素の排出余地は尽きてしまうため、2028年までに化石燃料で動くものをすべて閉鎖すべし、というグレタ・トゥーンベリの国連演説は、良く見られる主張であるが、根本的に間違っている。確かに気候変動は人為的な原因で現実に生じているが、気候変動で世界が終わるという彼女の見方は根拠が無い。IPCCによれば、2070年までの気候変動の影響は、生態系への影響も含めても、平均所得の0.2-2%の減少に相当する。その時までに、地球上の各人の所得は300-500%向上している。
  • 1世紀前の生活はつらいものだったが、多量のエネルギーにより生活は改善した。薪拾いに何時間も掛ける労力や煙による屋内汚染が無くなり、冷暖房や輸送や光熱や食料や機会がもたらされ、平均寿命は倍に伸びた。その大部分が化石燃料由来である多量のエネルギーは、過去25年間だけでも10億以上の人々を貧困から脱却させた。これは悪ではなく、それとは正反対のものである。
  • トゥーンベリ氏は気候変動は人々の死を意味すると考えているが、実際には気候による災害で1世紀前には毎年50万人が命を落としていた。今日では、気温は上がったものの、貧困が減り対策が進んだため、干ばつや洪水やハリケーンや極端な気温変化による死者は毎年2万人に過ぎない。これは95%の減少で、道徳的に称賛すべき結果である。
  • 世界の化石燃料の使用を2028年までに終わらせるというのは欠陥のある計画である。というのは、化石燃料に取って代わるまでに開発が進んだグリーンエネルギーは存在しないからである。無理矢理に移行すれば世界的な大惨事をもたらし、大半の人々は昔の辛い生活に戻る羽目になる。とりわけ開発途上国が、化石燃料を増やすことを欲しても減らすことを欲しないのはそれが理由。彼らはより多くの人々の生活を快適なものとしたいのである。
  • 必要なのは、中印を含めすべての国が切り換えられるような、化石燃料より優れた低炭素エネルギーを開発すること。そのためにはグリーンエネルギーの研究開発への投資を劇的に増やす必要があるが、それは過去数十年間に我々が特にできなかったことである。できなかった理由は、活動家が、準備ができていない解決策を一貫して要求してきたためである。
  • 2028年までに化石燃料を削減しなければ若い世代は我々を許さないとトゥーンベリ氏は言うが、これは偏狭な先進国の見方である。国連が世界の一千万の人々に優先順位を尋ねたところ、上位に上がった5つの問題は健康、教育、仕事、腐敗、栄養だった。即ち、人々は、自分たちの子供が治療が容易な病気で死なないこと、まともな教育を受けること、飢え死にしないことを望んでいる。気候変動は16の選択肢の最下位だった。それは、この問題が重要でないためではなく、大半の人々にとって他の問題がより切迫しているからである。
  • 問題は、気候変動がますます他の問題を押し退けていることにある。例えば、世界で貧困に喘ぐ人々の優先順位に真っ向から反し、今や開発援助全体の3分の1は気候変動に充てられている。グリーンエネルギーの研究開発への投資を増やして気候変動問題に対処すべきではあるが、貧困、健康、教育、栄養という問題への対処よりも気候変動を優先したならば、世界の若者世代の大半は我々を決して許さないだろう。

アセモグル、エルドアン政権を語る

引き続きコーエンのアセモグルインタビューから、トルコの政治について触れた箇所。

Now, the future of political liberty in Turkey. Are you optimistic? And what’s the path back?
ACEMOGLU: Well, I don’t think it’s easy to be optimistic. I tried to be optimistic, but Turkey is going through a really, really bad time.
The new presidency with executive powers and no checks and balances is terrible. Turkey has become much, much more polarized over the last 15 years. All of the independent agencies, judiciary institutions have completely collapsed. There is not even a modicum of judicial independence in Turkey. If you can look at the military period and you can say the courts were not independent of the military at the time, that’s true, but the extent to which that could happen is not comparable to today.
But on the other hand, when the West, especially the Europeans, look at Turkey, they misinterpret it. They misinterpreted it in the 2000s, thinking, well, Erdogan was a force for democracy. By the time he became the darling of some European media outlets, he was already undermining all Turkish institutions.
But they are also misjudging the situation in Turkey, thinking that he’s an absolute dictator. What really distinguishes Erdogan is his weakness as well as his strength. And he really depends on some sort of public opinion and enough support from the public to be able to do it. Many of the worst economic policies in Turkey are attempts to get that, and some of the very bad foreign policies are attempts to get that support.
So what we have seen in the latest municipal elections this summer was exactly that. Erdogan did not have the power to stop a huge electoral backlash that happened against him. So that says that the way out is possible for Turkey, but it’s going to be a very slow way out. And the fact that the opposition itself is problematic, divided, doesn’t have a clear ideology of building Turkish democracy — I think all of these make the endgame really, really hard and treacherous in Turkey.
COWEN: The PKK — are they terrorists? And should America be supporting them?
ACEMOGLU: Well, PKK are, of course, terrorists. There is no doubt about that. The YPG’s relationship with the PKK — that’s much more complex, but it is an arms-length relationship, and they are not independent of the PKK. But the situation, of course, in Syria is much more complicated. First of all, the US, for a variety of reasons, made the choice of working with YPG, and going back on it is costly as a signal to US’s allies. And the alternative is that creating a vacuum there is not going to help anybody.
I think the biggest threats that we are facing right now are Islamic State terrorists getting free or getting a toehold in that area, or the Syrian and the Russian army now completely controlling that strip, or at least much of that strip. I think none of those are good for the future of the Middle East, and they’re not really good for the security of the West, especially there, again, if the Islamic State comes back. So I think the current situation before the Turkish offensive had a lot of problems, but where we are heading right now is even worse.
(拙訳)

コーエン
次に、トルコの政治的自由の未来についてですが、貴兄は楽観的ですか? どのように元に戻れるでしょうか?
アセモグル
楽観的でいるのが容易だとは思えませんね。私は楽観的であろうとしましたが*1、トルコはとにかく本当に悪い時代に入っています。
チェック・アンド・バランスの無いまま行政権を持つ新大統領制はひどいものです。トルコは過去15年間にかなり一極化してしまいました。独立した機関、司法機関はすべて完全に無くなりました。トルコには司法の独立は少しもありません。軍事政権時代を振り返って、当時の裁判所は軍から独立していなかった、と言えるのは確かですが、その程度は今日とは比較になりません。
その一方で、西側、特に欧州の人々はトルコの状況を誤解しています。2000年代に彼らが誤解していたのは、エルドアンは民主主義を推し進める人だ、と考えていたことです。幾つかの欧州のメディアの寵児となった時には、彼は既にトルコの制度をすべて弱体化させていました。
しかし彼らはトルコの現状も誤解しています。彼は絶対的な独裁者だと考えているのです。エルドアンは独自の強みとともに独自の弱みも抱えています。彼はある種の世論と大衆の支持に大いに頼っており、それが彼がやったことを可能ならしめているのです。トルコの最悪の経済政策の多くはそうした支持を得ようとする試みであり、幾つかの非常に悪しき外交政策もそうした支持を得ようとする試みなのです。
今年の夏、直近の地方選挙で起きたことは、まさにそうしたことの表れです。エルドアンは、彼に不利な結果となった選挙での大きな揺れ戻しを止める力を持っていませんでした。そのことが示しているのは、トルコが現状を脱却することは可能だが、その歩みは極めて遅々としたものとなる、ということです。野党は野党で問題含みで、分裂しており、トルコの民主主義を構築する明確なイデオロギーを持っていない、というのが現実です。こうしたことすべてを勘案すると、トルコでの最終的な決着は非常に厳しく不安定なものとなると思います。
コーエン
PKKについてですが、彼らはテロリストなのでしょうか? 米国は彼らを支援すべきでしょうか?
アセモグル
PKKはもちろんテロリストです。そのことに疑問の余地はありません。YPGとPKKの関係はそれほど単純ではありません。付かず離れずの関係で、PKKから独立しているとは言えません。しかし当然ながら、シリアでの状況はそうしたことよりもかなり複雑な話になっています。まず、米国は様々な理由からYPGと共同戦線を張るという選択を行いました。それを撤回するのは、米国の同盟諸国へのシグナルとして高く付くものになります。あの場所に力の空白地帯を作るという選択は、誰のためにもなりません。
現在我々が直面している最大の脅威は、あの地域でイスラム国のテロリストが自由を得て足場を確保しつつあることや、シリアとロシアの軍があの地帯ないし少なくともその大半を完全に支配していることだと思います。いずれも中東の将来にとってよろしくないことであり、西側の安全保障にとっても非常によろしくないことだと私は思います。特にあそこでイスラム国が復活した場合はそうです。ということで、トルコの攻撃前の状況には大いに問題があったが、今向かっている状況はさらに悪いものである、と私は思います。

*1:cf. ここ