It’s Baaack:2020年代のインフレ高騰と非線形のフィリップス曲線の復活

というNBER論文が上がっている。原題は「It’s Baaack: The Surge in Inflation in the 2020s and the Return of the Non-Linear Phillips Curve」で、著者はPierpaolo Benigno(ベルン大)、Gauti B. Eggertsson(ブラウン大)。
以下はその要旨。

This paper proposes a non-linear New Keynesian Phillips curve (Inv-L NK Phillips Curve) to explain the surge of inflation in the 2020s. Economic slack is measured as firms' job vacancies over the number of unemployed workers. After showing empirical evidence of statistically significant nonlinearities, we propose a New Keynesian model with search and matching frictions, complemented by a form of wage rigidity, in the spirit of Phillips (1958), that generates strong nonlinearities. Policy implications include the thesis that appropriate monetary policy can bring inflation down without a significant recession and that the recent inflationary surge was mostly generated by a labor shortage -- i.e. an exceptionally tight labor market.
(拙訳)
本稿は、2020年代のインフレ高騰を説明するために、非線形のニューケインジアンフィリップス曲線(逆L字型NKフィリップス曲線)を提示する。経済のスラックは、企業の求人数の失業者数に対する比率として測定される。統計的に有意な非線形性についての実証結果を示した後に我々は、サーチとマッチングの摩擦のあるニューケインジアンモデルを提示する。そのモデルは一種の賃金硬直性で補完されているが、それはフィリップス(1958)の精神に沿っており、強い非線形性をもたらす。政策的な含意の一つは、適切な金融政策によって大きな景気後退無しにインフレを引き下げることができ、最近のインフレの高騰は主として労働力不足――即ち、並外れて逼迫した労働市場――によってもたらされた、という命題である。

論文をツイッター取り上げたクルーグマンに著者の一人のエガートソンが5/7のツイートで反応し、論文のタイトルをクルーグマンの有名な論文から借用したことにクルーグマンが怒っていないことに安堵するとともに、FRBは余計な景気後退をもたらさないだけの優れた制御力を有しているのか、というクルーグマンの懸念に対して、それは結局政策ラグの話に行き着くと思うが、標準的なモデルではそうしたラグは考慮されておらず、そのため標準モデルの最小限の拡張を目指した今回の研究でも考慮していない、と説明している。同時に、2週間半後のセミナーでの公表までには論文にラグについて盛り込むつもりで、そのためにそれまでは(自分にとって中毒性が高く、かつ、スペリングミスを後から修正できないという点では苦手な)ツイッターは控える、と述べている。

またエガートソンは、論文を解説した前日5/6の連ツイで、2021年9月の日経の経済教室でインフレ予測を大きく外したことが論文執筆のきっかけであったことを明かしている(日本語でしか予測を公けにしなかったのが不幸中の幸いだったものの、それでも公表した予測で根本的な間違いを犯したことから、自分のモデルを真剣に問い直すことになった、との由)。
その連ツイでエガートソンは、求人数と失業者数の比が1を超えるとフィリップス曲線が逆L字型に立ち上がるという実証的関係を図示している。

今回より前に最後にその比率が1を超えた、即ち労働力不足が生じたのは、60年代末(上図の左上の散布図)だったが、その時にインフレは上昇した。それ以前には第一次、第二次世界大戦朝鮮戦争の時に労働力不足が生じたが、それらの時にも下図の通りやはりインフレは上昇している(ただし、価格統制の問題があるので、今回の実証分析からは外したとの由)。

その上で、70年代には予想インフレ上昇により逆L字型の平坦な部分が上がったので(下図のA→B)、それを下げるのにボルカー不況というハードランディングが必要になった、という理論的考察を示している(この理論的枠組みが今回の論文の最大の貢献、との由)。

予想インフレの推移は以下の通り(赤線は実際のインフレ)。

一方、今回は逆L字型の立ち上がった部分に沿ってインフレが上昇した半面、予想インフレは落ち着いているので、下図のように、生産を大きく減らすことなくインフレを減じるソフトランディングが可能だ、とエガートソンは予測する。

その場合、モデル上は失業者数はあまり変わらずに求人数が急低下することになるが、ファーマンから流用した下図では実際にそうなっている、とエガートソンは言う。

それでも軟着陸の可能性は70%、とエガートソンは見積もっている。というのは、利上げによって金融不安など想定外の結果が生じる可能性があるからである。また、モデルが間違っている可能性も僅かながらある、とも述べている。