財政赤字は自らを賄えるか?

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Can Deficits Finance Themselves?」で、著者はGeorge-Marios Angeletos(ノースウエスタン大)、Chen Lian(UCバークレー)、Christian K. Wolf(MIT)。
以下はその要旨。

We study how fiscal deficits are financed in environments with two key features: (i) nominal rigidity and (ii) a violation of Ricardian equivalence due to finite lives or liquidity constraints. In such environments, deficits contribute to their own financing via two channels: a boom in real economic activity, which expands the tax base, and a surge in inflation, which erodes the real value of nominal government debt. Our main theoretical result relates the potency of such self-financing to the timing of fiscal adjustment. Pushing the fiscal adjustment further into the future helps generate a larger and more persistent boom, leading to more self-financing. Full self-financing is possible in the limit as fiscal adjustment is delayed more and more: the government can run a deficit today, refrain from tax hikes or spending cuts in the future, and nevertheless see its debt converge back to its initial level. We conclude by arguing that a large degree of self-financing is not only theoretically possible but also quantitatively relevant.
(拙訳)
我々は、次の2つの主要な特徴を持つ環境下で財政赤字がどのように賄われるかを調べた:(i) 名目硬直性、および、(ii) 有限な寿命もしくは流動性制約によるリカード等価性の破綻。そうした環境下では、財政赤字は2つの経路によって自らの資金調達に貢献する。即ち、税基盤を拡大する実体経済活動の活発化と、名目政府債務の実質価値を減じるインフレ上昇である。我々の主な理論的な結果は、そうした自己資金調達の可能性を、財政再建のタイミングと関連付ける。財政再建をさらに将来に繰り延べることは、より大型で持続的な好景気を生み出す助けとなり、一層の自己資金調達につながる。財政再建をますます遅らせることによって、極限では完全な自己資金調達が可能になる。政府が今日財政赤字を計上し、将来の増税や歳出削減を控えたとしても、債務が当初の水準に戻るのである。結論では、相当程度の自己資金調達は理論的に可能であるだけでなく、定量的に意味を持つ、と我々は論じる。

導入部では、従来の研究との関連について4点を挙げ、概ね以下のようなことを述べている。

  1. ブランシャールらの「r<g」論と同様に、将来の増税なしで財政赤字が賄えることを示すが、政府債務の実質利子率が経済の実質成長率より低いことは要求せず、ケインズ的な好景気を引き起こすことで賄えることを強調している。その点ではMian=Straub=Sufi*1と共通しているが、彼らの自己資金調達メカニズムは、追加発行した債務がゼロ金利下限においてインフレを惹起することにより政府債務の実質利子率を減じる、というもので、自分たちとは違う。
  2. FTPLにおいて財政赤字の自己資金調達の根拠を示す際には、均衡選択に依拠しているが、特定の均衡が選択されないと政府の予算制約が破られる恐れがあるというその前提は議論の的となっている。ここではリカード等価性の破綻に依拠することで、FTPLとは違う根拠を提示している。そのため、ニューケインジアンモデルの標準的な均衡選択(=「受動的な」財政政策と「能動的な」金融政策)と整合的なものとなり得る。また、FTPLで強調しているインフレによる債務の削減経路よりは、税基盤経路の方を強調しており、定量分析でも実際にそちらが主な要因になっている。
  3. ニューケインジアンの枠組みでの財政政策の研究については既に多くがなされているが、本研究もそれに寄与。
  4. メッセージとしてはデロング=サマーズ*2と共通しているが、彼らは、ミクロ的基礎付けのあるモデル抜きで、自己調達を可能ならしめる財政乗数について高度な計算を展開した。一方、ここでは自己調達を可能ならしめる経済の基本要素の特性を示し、その決定要因を特徴付け、定量的な可能性を評価している。

*1:cf. ここ

*2:cf. ここ