安全資産としての債務

政府債務のバブルに関する研究を以前に紹介したプリンストン大のマーカス・ブルナーメイヤー(Markus K. Brunnermeier)、スタンフォード大のユリ・サニコフ(Yuliy Sannikov)、エクセター大のSebastian A. Merkelの3人が、そのバブルに関する考察を深めた表題のNBER論文(原題は「Debt as Safe Asset」)を上げている。要旨は少し意味が取りにくいので、以下にungated版の導入部の前半部分の概要をまとめてみる。

  • 政府債務は、分散化できない個人の固有ショックやマクロショックをヘッジする上で有用。
    • 政府債務の2つの主要な特徴の一つは「良い友人アナロジー」。即ち、良い友人と同様に、価値があり、必要な時に流動性がある。
    • こうした自己保険という形の追加的なサービスフローがあるので、ショックに備えて予備的貯蓄を行う投資家にとっては、政府債務は実質金利rが低くても魅力がある。
  • 政府債務のもう一つの特徴は、「政府債務トートロジー」。政府債務は皆が安全だと思って危機時に投資家が集まるから安全になる。即ち、安全資産の地位は複数均衡の一つという大いに内生的なもので、バブルの要素がある。バブルが弾ければ、その地位は失われる。
  • r<gの場合、政府はポンツィスキームを維持できる。その場合、標準的な資産価格方程式にはバブル項が含まれることになり、政府は「そのバブルを採掘する(mine the bubble)」ことができる。
  • 例えば基礎的財政赤字GDPに比例する場合、政府債務保有者全体としての利回りはマイナスで、そのマイナス幅はgと共に増大する。従ってキャッシュフローをrで割り引くとマイナス無限大になる。一方のバブル項はプラス無限大になる。こうした方程式(FTPL方程式)はあまり役に立たない。
  • リスクフリーレートから、保険不可能な固有リスクに備えた予備的動機に基づく需要の要因を除いた金利r**を使えば、FTPL方程式の有用性を回復できることを我々は示す。r**は依然として時間選好と予想消費成長率を反映しているほか、保険不可能な固有リスクではなくマクロリスクに備えた予備的動機に基づく需要も反映している。r**がgを上回ること、r**が「代表的個人の金利」と見做せることも示される。
  • r**を割引率として使うと、割引キャッシュフロー流列のほかに割引サービスフロー流列が必要となる。後者がバブル項の代わりになる。r**>gであるため、2つの項はいずれも常に有限である。また、おそらくマイナスであるキャッシュフロー項と、再取引可能であることから生じるサービスフロー項は、政府債務の2つの便益を上手く分離しており、経済的にも意味がある。
  • マクロのショックを加えると、安全資産の完全な特徴が明らかとなる。景気後退入りして総生産が低下し固有リスクが上昇した経済では、第一項は、代表的個人の資産価格における主流派見解通りの動きとなる。即ち、生産の低下により収益が減少するとともに限界効用が増加し、ベータはプラスとなる。第二項は、人々が資産を政府債務にシフトする動きを反映し、政府債務の実質価値を押し上げる方向に動く。即ち、割引サービスフロー流列に基づく第二項は、ベータがマイナスである。
  • Jiang et al. (2019)の米国の「債務評価のパズル」は、この第二項の重要性を実証的に裏付けたものと言える。より顕著な例として、日本で基礎的財政収支が過去60年中50年以上赤字だったことも、第二項が第一項を圧倒していたことを示している。
  • 安全資産の発行者は、例えばKrishnamurthy and Vissing-Jorgensen (2012)が強調したような従来のコンビニエンスイールド見解を超えた特権を享受する。安全資産の存在によってリスクフリーレートだけでなく一部の民間債の金利も影響を受けるため、両者のイールドスプレッドではそれは見えてこない。
  • 我々の安全資産見解は、政府債務の評価にとってだけでなく、債務の持続性分析(DSA)にとっても重要な意味を持つ。
    • 政府が債券の発行速度を上げると、債券保有者のキャッシュフローのリターンは下がる。
      • 即ち、債券の発行速度の上昇は税のように機能する。これは債券保有に掛かる税であり、もっと適切な表現をするならば、安全資産を保有し再取引することを通じた部分的な自己保険に掛かる税である。
      • 税率を増やせば税収が増えるが、債券の評価という「税基盤」が損なわれる。このため、税が一定基準を超過するとバブル採掘の税収全体が下がるという「債務ラッファー曲線」が出現する。
    • DSAは須らく安全資産の地位の脆弱性を考慮に入れるべきである。
      • 政府債務が特別であるのは、非安全資産均衡へのジャンプを防ぐ財政余地がある限りにおいてである。
      • そうしたジャンプを防ぐのには、債務を裏付けるために恒久的に税を引き上げることができるという能力だけで十分。この能力はDSAにおいて常に重要な要因で、民間企業にはそうした均衡外の裏付けはない。
  • 「安全への逃避」現象のため、我々のモデルは株式市場資産価格についても興味深い含意がある。
    • 景気後退期には固有リスクの上昇が想定されている。外部の株式については固有リスクは分散化できるが、内部の株式についてはそうはいかない。従って各人は不況時に内部のリスクプレミアムを引き上げ、外部の株式保有者への支払いを抑える。その結果、(外部の)株式指数は安全資産に比べて減価する。