安全資産不足という難問

という論文をJournal of Economic Perspectivesにカバレロらが書いている本石町日記さんツイート経由のAEAweb記事経由)。原題は「The Safe Assets Shortage Conundrum」で、著者はRicardo J. Caballero(MIT)、Emmanuel Farhi(ハーバード大)、Pierre-Olivier Gourinchas(UCバークレー*1
以下はその要旨。

A safe asset is a simple debt instrument that is expected to preserve its value during adverse systemic events. The supply of safe assets, private and public, has historically been concentrated in a small number of advanced economies, most prominently the United States. Over the last few decades, with minor cyclical interruptions, the supply of safe assets has not kept up with global demand. The reason is straightforward: the collective growth rate of the advanced economies that produce safe assets has been lower than the world's growth rate, which has been driven disproportionately by the high growth rate of high-saving emerging economies such as China. The signature of this growing shortage is a steady increase in the price of safe assets; equivalently, global safe interest rates must decline, as has been the case since the 1980s. The early literature, brought to light by Ben Bernanke's famous "savings glut" speech of 2005, focused on a general shortage of assets without isolating its safe asset component. The distinction, however, has become increasingly important over time, particularly in the aftermath of the subprime mortgage crisis and its sequels. We begin by describing the main facts and macroeconomic implications of safe asset shortages. Faced with such a structural conundrum, what are the likely short- to medium-term escape valves? We analyze four of them, each with its own macroeconomic and financial trade-offs.
(拙訳)
安全資産とは、システミックの逆境的な事象においてもその価値を維持すると考えられる単純な債務商品である。これまでの民間および政府の安全資産の供給は、少数の先進国経済、とりわけ米国に集中していた。過去数十年間、循環的な小さな断続を除き、安全資産の供給は世界的需要に追い付いていなかった。その理由は単純である。安全資産を生み出す先進国経済全体の成長率が、中国のような貯蓄率の高い新興国経済の抜きんでた高成長に牽引された世界の成長率よりも低かったためである。この不足の拡大は、安全資産価格の絶えざる上昇に表れることになる。即ち、世界の安全利子率は低下することになるが、1980年代以降実際にそうなってきた。ベン・バーナンキの2005年の有名な「貯蓄過剰」講演によって脚光を浴びた初期の研究は、内訳である安全資産を分離して考えることなしに、資産不足全般に焦点を当てていた。しかしそれを区別することは、やがてますます重要になっていった。特にサブプライムモーゲージ危機とその帰結の後はそうである。我々はまず、安全資産不足に関する主な事実とマクロ経済にとっての意味合いを説明する。そうした構造的な難問に直面した時、短期および中期の逃し弁になりそうなものは何だろうか? 我々は、それぞれにマクロ経済および金融的なトレードオフを持つ4つの逃し弁を分析した。

その4つの逃し弁とは以下の通り。

  1. 安全資産を生み出す国の通貨が増価すること
    • 「安全の罠」において均衡を取り戻す主要な市場メカニズムは安全資産の価値の上昇だが、それは金利の下限によって阻まれる。だが、世界経済での価格評価には、為替相場という第二の経路がある。
    • しかし為替の増価は輸出に不利に働くため、各国はむしろ通貨安を望んで金融緩和を行う。2008-2014年には米国の金融緩和政策により米ドルが減価したが、その後は日欧の大規模資産購入により円とユーロが対ドルで減価し、調整のボールが米国経済に投げ返された。
    • 超低金利では安全資産は公共財の性格を帯び、他国の生産を刺激する、という面がある。そのため、ただ乗り問題が惹起される。安全資産の発行が足りていないこと、および、通貨安競争的な減価は、そのことの量および価格面での表れで、今は米国が割りを食う形になっている。
  2. 安全資産を生み出す国が公的債務を増やしてインフラ投資すること
    • 安全資産の供給を増やすことは明白な解の一つで、金利が成長率を大きく下回っている間は実行可能なようにも思われる。
    • しかし、この解は基本的に脆弱で、バブル的でもある。ロールオーバー時の取り付け騒ぎのリスクや安全生産への需要が突然低下した場合の債務の爆発のリスクを考えると、増額余地はそれほど大きくない。
    • 政府が公的債務を増やす能力は以下の2つの要因次第:
      1. 政府の借り入れ能力
        • 経済危機が長く続いたり悪化する場合でも将来の増税を実施できるか。
      2. 公的安全資産の供給増加が民間の安全資産の供給をクラウドアウトするリスク
        • 上記とは裏腹に、将来の増税は、リスクのある配当を裏付けとした民間の安全資産の発行能力を損なう。
        • ただ、経済の証券化能力が既に損なわれている場合は、このリスクはあまり問題にならない。
    • 安全資産不足時に公的債務を増やすのがマクロ経済的に望ましいという話は、流動性の罠や長期停滞という状況下では(調達コストの安い)財政拡張を行うべし、という話とは別(かつ、補完的)。後者は、リスクのある資産と無リスク資産との交換を通じて働くメカニズムで、総需要や生産を刺激する。その点で、QE1は効果があったが、QE2は政府の長期債と短期債の交換だったので効果がなかった。
    • 世界的には現代版トリフィンのジレンマの問題がある*2。即ち、発行者の成長よりも需要者の成長の方が高いため、安全資産の需給の差は拡大する。新興国における安全資産の需要を増やし先進国における税基盤を減らす人口動態も、拡大に拍車を掛ける。しかし、需要に応じて先進国が安全資産の発行を拡大すれば、発行能力を消尽する恐れがある。
    • 一つの解決策は、準安全国をプールして金融工学で新たな安全資産を生み出すこと。
    • 公的債務によるインフラ投資は、安全資産発行国の成長を高めて財政能力を向上させるとともに、資本ストック当たりの債務を増やすという点で望ましい。
    • いずれは、かつて英国が米国にバトンタッチしたように、米国から中国に安全資産発行国の地位がバトンタッチされるのかもしれないが、新たな発行国の登場という恩恵は、端境期の投資家の移動による不安定性によって相殺されてしまうかもしれない。
  3. 民間が代替資産を生み出すこと
    • しかし前回の金融危機時に示されたように、民間が金融工学によって生み出す安全資産には、真のシステミックリスクへの耐性について限界がある。
    • 官民協調という手もあるが、良い仕組みの構築は困難。
  4. 安全資産への需要を減らすこと
    • 中銀が外貨準備積み立てもしくは量的緩和政策によって抱え込んだ安全資産を放出すれば、需要は緩和される。
      • 外貨準備積み立ては、いざという場合に為替介入できるように抱えている場合が多いが、それはシステミックリスクに対する保険としては非効率な仕組み。国際的なリスクシェアリングの仕組みを整備することで部分的には代替できるはず。
      • 量的緩和については、そもそも購入対象は安全資産ではなくリスクのある資産にした方が良いのでは。
    • そのほか、金融機関に安全資産の保有を要求する金融危機後の規制が過剰規制になっている面も。

*1:cf. カバレロとFarhiの安全資産不足に関する理論論文は少し前に紹介したブランシャールの小論で触れられている。

*2:cf. ここ