ベバリッジ曲線の変化の変化する理由

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「The Shifting Reasons for Beveridge-Curve Shifts」で、著者はGadi Barlevy(シカゴ連銀)、R. Jason Faberman(同)、Bart Hobijn(同)、Ayşegül Şahin(テキサス大オースティン校)。
以下はその要旨。

We discuss how the relative importance of factors that contribute to movements of the U.S. Beveridge curve has changed from 1960 to 2023. We review these factors in the context of a simple flow analogy used to capture the main insights of search and matching theories of the labor market. Changes in inflow rates, related to demographics, accounted for Beveridge curve shifts between 1960 and 2000. A reduction in matching efficiency, that depressed unemployment outflows, shifted the curve outwards in the wake of the Great Recession. In contrast, the most recent shifts in the Beveridge curve appear driven by changes in the eagerness of workers to switch jobs. We argue that, while the Beveridge curve is a useful tool for relating unemployment and vacancies to inflation, the link between these labor market indicators and inflation depends on whether and why the Beveridge curve shifted. Therefore, a careful examination of the factors underlying movements in the Beveridge curve is essential for drawing policy conclusions from the joint behavior of unemployment and job openings.
(拙訳)
我々は、米国のベバリッジ曲線の移動に寄与する要因の相対的重要性が1960年から2023年に掛けてどのように変化したかを論じる。我々は、労働市場のサーチ&マッチング理論の主要な洞察を捉えるために使われる簡単なフローアナロジーの文脈でそれらの要因を概観する。人口動態に関係する流入率の変化は、1960年から2000年に掛けてのベバリッジ曲線のシフトを説明する。失業からの流出を抑えたマッチング効率の低下は、大不況後に曲線を外側にシフトさせた。それとは対照的に、ベバリッジ曲線の直近のシフトは、労働者の転職への熱意の変化が要因となったように見える。我々は、失業ならびに求人をインフレと関連付ける上でベバリッジ曲線は有用なツールではあるが、そうした労働市場の指標とインフレとの関連は、ベバリッジ曲線がシフトしたか否か、およびそのシフトの理由に依存する、と論じる。従って、ベバリッジ曲線の動きの背景にある要因を注意深く調べることは、失業と求人の双方の振る舞いから政策的結論を導き出す上で極めて重要である。

以下は論文で示されたアナロジーの図。

以下はベバリッジ曲線上の点の移動が、ベバリッジ曲線のシフトだけでなく、職創出曲線(JCC=Job Creation Curve)のシフトにも左右されることを示した図。上のアナロジーで言えば、JCCはバスタブからの流出を制御する栓に相当する。

以下はコロナ禍期の両曲線のシフトを示した図。

これによると、コロナ禍の開始期(パネルa)ではベバリッジ曲線が外側にシフトするとともに、JCCが時計回りに回転した。そのため、失業が増えた割には求人は意外なほど落ちなかった。ただ、その期間は短く、すぐに巻き戻しが生じた(パネルb)。その後、いわゆる大離職が生じてベバリッジ曲線が外側にシフトした(∵失業者は転職者とも競争しなくてはならなくなった)一方で、JCCはさらに反時計回りに回転した(パネルc)。その結果、失業率の減少と求人の驚くほどの上昇という現象が生じた。大離職が終わってJCCが再び時計回りに回転すると、恰もベバリッジ曲線が垂直に低下したかのように、失業率があまり変わらずに求人が大きく低下した(パネルd)。これがいわゆる「ベバリッジ曲線論争 - himaginary’s diary」で争われた論点に対するこの論文の解釈ということになる。

以下は両曲線とフィリップス曲線の関係を示した図。

パネルaのようにベバリッジ曲線が安定していれば、例えば利上げによるJCCの時計回りの回転による失業率の上昇は、フィリップス曲線上の失業率の上昇と対応する。ただし失業率の低い範囲では、ベバリッジ曲線の傾きが急になっている(=JCCのシフトが失業ではなく専ら求人に影響する)ことから、フィリップス曲線の傾きも点線のように急になると考えられる。
ちなみにこの論文では参照されていないが、低失業エリアで傾きが急になるフィリップス曲線というのは、インフレとクルーグマンのオッカムの剃刀の延長版 - himaginary’s diaryで紹介したクルーグマンのツイートや、It’s Baaack:2020年代のインフレ高騰と非線形のフィリップス曲線の復活 - himaginary’s diaryで紹介したエガートソンらの論文で強調された話である。
なお、クルーグマンやエガートソンの議論では失業率と求人率の比率が使われていたが、今回の論文では、フィリップス曲線でそうした比率を使うことに警鐘を鳴らしている。というのは、フィリップス曲線で同比率が使えるのは、ベバリッジ曲線がシフトしても同比率とインフレ率の関係が安定している場合だけであるが、一般にそれは成り立たないからである。そのことを論文では上のパネルbを使って説明している。例えば、離職率や雇用のミスマッチの高まりによって、パネルbのようにベバリッジ曲線が外側にシフトした場合、同じ現象のもたらす求人の利益率の低下によってJCCも時計回りに回転し、長期的な失業率はu1からu2に上昇する。一方、中銀は長期的な経済の状態に影響を与えられないので、そうした長期的な失業率の上昇の間も、インフレ目標を堅持する。その結果、パネルbの点線のようにフィリップス曲線は上方にシフトすることになる。