大不況後の賃金曲線

というNBER論文が上がっている(H/T タイラー・コーエン)。原題は「The Wage Curve After the Great Recession」で、著者はDavid G. Blanchflower(ダートマス大)、Alex Bryson(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)、Jackson Spurling(ダートマス大)。
以下はその要旨。

Most economists maintain that the labor market in the United States is ‘tight’ because unemployment rates are low. They infer from this that there is potential for wage-push inflation. However, real wages are falling rapidly at present and, prior to that, real wages had been stagnant for some time. We show that unemployment is not key to understanding wage formation in the USA and hasn’t been since the Great Recession. Instead, we show rates of under-employment (the percentage of workers with part-time hours who would prefer more hours) and the rate of non-employment which includes both the unemployed and those out of the labor force who are not working significantly reduce wage pressures in the United States. This finding holds in panel data with state and year fixed effects and is supportive of a wage curve which fits the data much better than a Phillips Curve. We find no role for vacancies; the V:U ratio is negatively not positively associated with wage growth since 2020. The implication is that the reserve army of labor which acts as a brake on wage growth extends beyond the unemployed and operates from within and outside the firm.
(拙訳)
多くの経済学者が、失業率が低いので米労働市場は「逼迫している」と主張している。そこから彼らは、賃金プッシュインフレが生じる可能性がある、と推論している。しかし、現時点で実質賃金は急速に低下しており、その前はしばらくの間、実質賃金は停滞していた。米国の賃金形成を理解する上で失業率は鍵とはならず、それは大不況後そうだった、ということを我々は示す。その代わり、不完全雇用率(もっと長時間働きたいのにパートタイム時間で働いている労働者の割合)、および、失業者と働いていない非労働力人口を包含する無業率が米国の賃金圧力を有意に減らしていることを我々は示す。この発見は、州と年の固定効果を取り入れたパネルデータで成立し、フィリップス曲線よりもデータに良く適合する賃金曲線を支持する。欠員率は何ら役割を演じていないことを我々は見い出した。V:U比率は2020年以降、賃金上昇と正ではなく負の相関を示している。それが意味するところは、賃金上昇へのブレーキの役割を果たしている労働予備軍は、失業者の範囲を超えており、企業の内外から作用している、ということである。

この論文の考察が正しいとすると、失業率と欠員率の関係を示すベバリッジ曲線を巡って論争していたブランシャール=サマーズとFRBは、本来見るべき指標よりも狭い範囲しか見ないで論争していたことになる。ただ、ここで指摘されている不完全雇用や無業もマッチングが上手くいかない結果生じているとするならば、欠員率が賃金決定にとって有効な指標ではなくなったという指摘と相俟って、ブランシャール=サマーズの議論を支持する方向に働く研究結果のようにも思われる。