ベバリッジ曲線論争

ブルームバーグなどで報道されている通り、米経済の軟着陸論を巡ってFRBとブランシャール=サマーズらが論戦を交わしている。きっかけとなったのは、Olivier Blanchard(PIIE)、Alex Domash(ハーバード大)、Lawrence H. Summers(同)による「Bad news for the Fed from the Beveridge space」というPIIE論文で、ベバリッジ曲線を用いた分析から、失業率の大幅な上昇は避け難い、と論じた。これに反論したのがFRBのクリス・ウォラー理事で、「What does the Beveridge curve tell us about the likelihood of a soft landing?」というAndrew FiguraとChris Wallerの共著論文により、同じくベバリッジ曲線を用いた分析で軟着陸は可能、と主張した。これにBlanchard=Domash=Summersが「The Fed is wrong: Lower inflation is unlikely without raising unemployment」という小論で再反論した、というのが現在までの構図となっている。

両者の主張の違いを端的にまとめると、欠員率の高さをどう評価するか、という点に集約される。FRBは、欠員率が高いことから、ベバリッジ曲線の左側のV-U比率が高いところに経済は位置しているのであり、失業率を大幅に増やすことなく欠員率を下げていくことが可能、と論じている(下図はFRB論文の図2)。

これに対しブランシャールらは、FRBの主張は理論上の話に終始しているが、実証的に見ると、過去に如何なる点から始まった場合も失業率は大幅に増加しており、今回が例外である理由はない、と論じている(下図は再反論論文の図)*1


ちなみに、ベバリッジ曲線の関数形についても両者は火花を散らしている。FRB論文では、Uを失業率、sを離職率、fを就職率として、
 ΔU=E∗s−U∗f
という式でΔUをゼロと置いた均衡分析からベバリッジ曲線を導出している。その上で、ブランシャールらは離職率を考慮していないため、企業や産業を跨いだ労働力の再配分の強化(その過程でsが増加する)とマッチングの効率化(マッチング関数H=M(V,U)=μVσU1−σにおいてパラメータμが増加する)が区別できない、と批判している。
これに対しブランシャールらは、自分たちは就職率を労働力人口に対する比率で定義しており、均衡ではそれは離職率と等しくなるので、余計な記号が無いに過ぎない、と反論している。そして返す刀で、FRB論文は世界金融危機の時に離職率が50%増加したと想定してシミュレーションのパラメータを設定しているようだが、実際には解雇の増加以上に辞める人が減ったために2007-2009年に離職率は22%減少したのだ、と指摘している*2

*1:[2022/8/11追記]最初の論文で著者たちは、今回も同様に失業率が増加する根拠として、マッチングの困難化により自然失業率が上昇したであろうことを指摘している。

*2:cf. FREDデータFRB論文はあるいは製造業のデータを見ていたのかもしれない。