期待に応える:中銀の信認、フォワードガイダンスの効果、および世界金融危機後のインフレ動学

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Living Up to Expectations: Central Bank Credibility, the Effectiveness of Forward Guidance, and Inflation Dynamics Post-Global Financial Crisis」で、著者はStephen Cole(マーケット大)、Enrique Martinez-Garcia(ダラス連銀)、Eric R. Sims(ノートルダム大)。
以下はその要旨。

This paper studies the effectiveness of forward guidance when central banks have imperfect credibility. Exploiting unique survey-based measures of expected inflation, output growth, and interest rates, we estimate a small-scale New Keynesian model for the United States and other G7 countries plus Spain allowing for deviations from full information rational expectations. In our model, the key parameter that aggregates heterogeneous expectations captures the central bank's credibility and affects the overall effectiveness of forward guidance. We find that the central banks of the U.S., the U.K., Germany, and other major advanced economies have similar levels of credibility (albeit far from full credibility); however, Japan's central bank credibility is much lower. For each country, our measure of credibility has declined over time, making forward guidance less effective. In a counterfactual analysis, we document that inflation would have been significantly higher, and the zero lower bound on short-term interest rates much less of an issue, in the wake of the Global Financial Crisis had the public perceived central bank forward guidance statements to be perfectly credible. Moreover, inflation would have declined more, and somewhat faster, with perfect credibility in the wake of the inflation surge post-COVID-19.
(拙訳)
本稿は、中銀の信認が不完全の場合のフォワドガイダンスの効果を調べる。サーベイに基づくインフレ、生産の伸び、金利の予想の独自指標*1を利用して我々は、米国とその他のG7諸国およびスペインについて、完全情報・合理的期待からの乖離を許容した小規模のニューケインジアンモデルを推計した。我々のモデルでは、不均一な予想を集約する主要なパラメータが中銀の信認を捕捉し、フォワドガイダンスの全体的な効果に影響する。米英独および他の主要な先進国では信認の水準が同程度であるが(ただし完全な信認とは程遠い)、日本の中銀の信認はかなり低いことを我々は見い出した。各国について我々の信認の指標は時間と共に低下し、フォワドガイダンスの効果を減じた。反実仮想分析で我々は、世間が中銀のフォワドガイダンスの声明を完全に信頼できると受け止めていたならば、世界金融危機後のインフレは有意に高く、短期金利のゼロ下限はそれほど問題にならなかったであろうことを明らかにする。また、完全な信頼性の下では、コロナ禍後にインフレが高騰した後、インフレはもっと低下し、その低下速度は幾分か大きかったであろう。

以下は信認の水準を示すパラメータτの推計値の表。

このτは、下式の通り、完全情報・合理的期待(full-information, rational expectations=FIRE)モデルによる予想と、単純な1期間VARモデルによる予想との加重平均として予想を求める際のウエイトになっている。

以下はフォワドガイダンスの推計値の推移(プラスがタカ派的、マイナスがハト派的なフォワドガイダンス)。

日本のフォワドガイダンスは、1995年の金融緩和の頃からマイナスに転じていたのが、白川総裁の任期とほぼ軌を一にしてプラスに転じ、その後またマイナスに戻ったのが興味深い。

ここでフォワドガイダンスは、上図の注にあるように、上の(19)式に基づく名目金利の5期先予想と、以下の(11)式の実質金利ベースのテイラールールからフォワドガイダンスショックを除いた場合の(19)式に基づく名目金利の5期先予想との差として推計されている。

(11)式の金融政策サプライズとフォワドガイダンスショックは以下の式で表され、識別の際には実績データに加えて予想データが用いられている。

フォワドガイダンスショックは、民間主体がt-l期に知るが、中間政策目標である実質金利にはl期後のt期まで直接影響しない、予期されたショック(ニュースショック)である、と論文では説明されている。

フォワドガイダンスの効果(5年先を25ベーシスポイント下げたフォワドガイダンスショックの影響を、推計期間をローリングさせて求めた推計値)は以下の図で示されているが、やはり日本が際立って低い。

完全な中銀の信認という反実仮想を世界金融危機前後に適用した日本についての結果は以下の通り。

リーマンショック期には、一時期を除いて名目金利がマイナスになり、日本ではゼロ下限問題が確かに制約になっていたことを示している。このため、この時期にフォワドガイダンスが上手く適用されても助けにはならなかった、と論文では述べているが、そもそも上述の通りこの時期はフォワドガイダンスがタカ派的に推移していたので、ハト派的に推移していたらまた話は違っていただろうという気もする。

*1:Consensus Economics - Economic Forecasts and Indicatorsのデータを用いたとの由。