シニョリッジの現在価値・補足

一昨日のエントリ(およびその他のエントリ)にTB頂いたJ-S-5さんの日記や、11/3のエントリにコメントを頂いた馬車馬さんが紹介されているが、中央銀行のシニョリッジを巡っては、日本のブログ界でも時折り論争(というほどのものでもないかもしれないが)が起こっている。


そうした論争の論点は、煎じ詰めれば、深尾光洋氏のこの小論における以下の2つの式のどちらをシニョリッジの定義として採用するか、ということになるかと思う。

(1)式:
(通貨発行益)=(金利)×(日銀保有国債
(2)式:
(通貨発行益)=(期末の銀行券発行高)−(期首の銀行券発行高)


実は、WCIブログの11/6エントリでも、Nick RoweとRebelEconomistの間で同様の論争があった。

RebelEconomist | November 08, 2009 at 07:35 AM
By the way, partly because of this emphasis on central bank independence, I would say that, in the short term, seigniorage is not the change in M, but the difference between the interest on the central bank's liabilities (no longer zero) and on its assets, less the running costs of the central bank.

Nick Rowe | November 08, 2009 at 09:38 AM

These two definitions are compatible. Ignoring running costs, and interest on M, dM/P equals the present value of the change in the bank's interest earnings from issuing dM.

More later.

Nick Rowe | November 08, 2009 at 09:32 PM

On seigniorage, if we simplify and assume govt/CB money pays no interest, and has no running costs, and all govt bonds pay the same interest, all our views end up the same. If $100 new money is issued permanently, that means $100 less bonds are needed, and if bonds pay 5% interest, that's a saving of $5 interest per year permanently, the present value of which, at 5%, is $100.


Roweの論点はこうである。増発した紙幣の分だけ国債の発行が少なくて済むならば、将来の国債に支払うべき金利もその分だけ少なくなる。そして、その節約された金利の現在価値は、金利をi、発行しなくて済んだ国債の額(=通貨増発額)をBとして、

  \frac{iB}{1+i}+\frac{iB}{(1+i)^2}+\frac{iB}{(1+i)^3}+...=\frac{\frac{iB}{1+i}}{1-\frac{1}{1+i}}=B

となる*1。つまり、通貨増発額と結局等しくなる。

あるいは、通貨を増発した場合、見合いで必ず中銀のバランスシートの資産が増えるのだから、それが国債であると見なす、という考え方もできるだろう。事実上、通貨増発分で国債を引き受けた、と考えるわけである。そうすると、その国債金利収入がシニョリッジと考えられるが、やはり上式により、その金利収入の割引現在価値は通貨増発額に等しくなる。上述の深尾氏は、どちらかというとそちらの考え方を元に、シニョリッジの2つの定義の関係を論じている。

後者の深尾氏の捉え方が、政府と中央銀行を一応分離して考えているのに対し、前者のRoweの見方は、政府と中央銀行を一体のものとして捉えていると言えるだろう。


なお、深尾氏は、日銀は(1)式の見方に固執している旨のことを指摘している。WCIブログでRoweに噛み付いたRebelEconomistも元中央銀行マンなので*2、そちらの定義にこだわるのは世界の中銀に共通した傾向なのかもしれない。



ちなみにこのRoweの11/6エントリは、Neo-Chartalismを取り上げたもので、「Towards a Monetarist theory of Neo-Chartalism」と題されている。ただ、エントリの内容自体は、Neo-Charatalismの“真髄”を捉えたものにはなっていない。そこで、小生がビル・ミッチェルのブログからの引用をコメント欄に書き込んだりしていたところ、どこから聞きつけたか、米国Neo-Chartalismの拠点であるカンザスブログの代表的ブロガーのスコット・フルワイラーが自ら降臨して、Roweとコメント欄で議論を始めてくれた。両者の議論を何とか交わらせてみたいと考えていた小生の思惑が図に当たった格好となり、暫し感慨無量であった(…ただ、思ったより早く議論が終息してしまった感があるが)。

*1:cf. このエントリの末尾に記した「負債の時価(現在価値)」。なお、前述の深尾氏も同様の式を示しているが、式の途中に誤りが見られる。

*2:cf. ここで紹介したプロフィル。また、このコメントでは、Chartalismを持ち出した小生に対し(ただし持ち出した時点ではその学派名を小生は知らなかったが)、中銀勤務時代にそんな理論は聞いたことも無かった、と応じている。