経済についての考え、深い、もしくは浅い?

というジョブマーケット論文を掲載しているサイトにタイラー・コーエンがリンクしている。原題は「Thinking about the Economy, Deep or Shallow?」で、著者はPierfrancesco Mei、Lingxuan Wu(いずれもハーバード大のPhD Candidateで、この論文は後者のジョブマーケット論文)。
以下はその要旨。

We propose a theory of shallow thinking to capture people’s limited understanding of the long causal chains involved in the propagation of shocks. We conceptualize general equilibrium as a system of causal relations in a directed cyclic graph and develop a survey to measure people’s understanding of it. Our estimation suggests that, on average, people think about only 2.6 steps of propagation, overlooking much of the graph and underappreciating feedback loops. Our theory implies that longer feedback loops have less influence on beliefs. In a New Keynesian model with an active Taylor rule, shallow thinking reconciles several bond market puzzles and has macroeconomic consequences: (i) long-term nominal interest rates underreact to cost-push shocks but overreact to monetary policy shocks; (ii) inflation expectations negatively predict bond excess returns, controlling for yields; (iii) cost-push shocks are more inflationary than under rational expectations; and (iv) more persistent cost-push shocks lead to higher inflation, contrary to rational expectations. In a real business cycle model, in response to productivity shocks: (i) output displays a more persistent, hump-shaped response; (ii) investment and labor hours show amplified reactions; and (iii) the response of stock excess returns starts positive but turns negative after a few quarters.
(拙訳)
我々は、ショックの伝播における因果の長い連鎖への人々の限定的な理解を捕捉するために、浅薄思考理論を提唱する。我々は、一般均衡を有向環状グラフ*1における因果関係の体系として概念化し、人々のそれに対する理解を測るためのサーベイを構築した。我々の推計が示すところによれば、平均して人々は伝播の2.6段階しか考えず、グラフの多くの部分を見過ごして、フィードバックループを過小評価する。我々の理論は、フィードバックループが長いと考えへの影響は小さくなることを示している。能動的なテイラールールを備えたニューケインジアンモデルでは、浅はかな考えは、債券市場パズルの幾つかを説明し、マクロ経済に影響を及ぼす。即ち、(i) 長期名目金利はコストプッシュのショックに過小反応するが、金融政策ショックに過剰反応する。(ii) インフレ予想は、金利をコントロールした場合、債券の超過リターンをマイナス方向に予測する。(iii) コストプッシュショックは合理的期待におけるよりもインフレ的となる。(iv) より持続的なコストプッシュショックは、合理的期待とは逆に、インフレを高める。リアルビジネスサイクルモデルでは、生産性ショックに対して、(i) 生産はより持続的でこぶ型の反応を示す。(ii) 投資と労働時間は増幅された反応を示す。(iii) 株式の超過リターンの反応は、最初はプラスだが、数四半期後にマイナスに転じる。

以下は論文で示された有向環状グラフ。

(期間0の)長期名目金利がコストプッシュのショックに過小反応するのは、インフレに対応して次期(期間1)に中銀が短期金利を引き上げる、というテイラールールを主体が過小評価するためだという。(期間0の)長期名目金利が金融政策ショックに過剰反応するのは、正の金融政策ショックが次期(期間1)のインフレを低下させ、テイラールールに従って中銀が短期金利を少し下げるということを主体が過小評価するためだという。
また、そのため、以下の式で係数βπがマイナスになるとのことである。

コストプッシュショックに対してインフレ予想が合理的期待におけるよりも過剰反応するのは、2つのフィードバックループを正しく認識しないことによる、という。フィードバックの一つは、インフレを増幅させる短期的なもので、マクロのインフレ上昇に対応して企業が価格を引き上げることである。もう一つのフィードバックループは、インフレを抑制する長期的なもので、インフレに対応して中銀が金融を引き締めることが家計の労働供給に影響して実質賃金を下げることである。考えの浅い主体は、短期のフィードバックループは理解しているが、長期のフィードバックを十分に理解せず、将来のインフレを過大評価して金利引き上げを過小評価する。そのため今期(期間0)において企業は価格をより引き上げ、家計はより消費し、実際にインフレは高まる、とのことである。

コストプッシュインフレが持続的な場合は、合理的期待の下では、長期のフィードバックループが強まってインフレがより低下することが理解され、それが実際のインフレの低下をもたらす。一方、考えの浅い主体は、短期のフィードバックループで今後のインフレがますます高まると予想し、彼らの反応が実際にそれを招来してしまう、とのことである。

RBC経済の下では、浅い考えは生産性ショックへの経済の反応を増幅させ、株式市場の急騰と急落をもたらすという。持続的な生産性ショックを受けて、考えの浅い主体は、企業は今後投資を増やして配当支払いも増やすと考え、労働需要の拡大が賃金を押し上げることを過小評価する。そのため企業は合理的期待におけるよりも投資と雇用を増やし、資本を過剰蓄積する。その結果、生産はこぶ型の持続的な拡大を示し、労働時間も増える。また人々は短期的に配当を過小評価し、長期的に過大評価するため、株式の超過リターンは最初はプラスとなるが、数四半期後にはマイナスとなる。これはキンドルバーガーの危機の説明に沿う経過、とのことである。