と題されたイングランド銀行の3人の研究者(Michael McLeay、Amar Radia、Ryland Thomas)による論文(原題は「Money creation in the modern economy」)が市場マネタリスト周辺で議論を呼んでいる。
特に論議を呼んだのは、この論文がQEについて論じた部分である。そのテーマについて同論文は、概ね以下のような解説を展開している。
- 取引額からして、中央銀行が紙幣を刷って直接年金基金と取引するのは非現実的。従って、電子取引をすることになるが、年金基金は中央銀行に準備預金を持っていない。そこで、商業銀行に仲介してもらうことになる。それを図示すると以下のようになる。
- 図の各主体のバランスシートの動きは次の通り:
- QEの機能については以下の2つの誤解がある:
- 追加の準備預金は銀行にとって「フリーマネー」である
- 追加の準備預金は貨幣乗数を通じて新規のローンおよび広義のマネーサプライ増加につながる
- 上記の過程での預金の拡大は、図の最初のパネルの年金基金のみ。銀行の準備預金は、銀行間の支払に用いることはできるが、貸し出しに回すことはできないので、追加の準備預金が積極的な役割を果たすことはない。
- 貨幣乗数理論(cf. ここ)が予言するような機械的な新規のローンや新規の預金は発生しない。QEは、貸し出し増加を直接的にもたらしたり要求したりすること無しに広義の貨幣を増やすので、銀行には追加の準備預金を貸し出しに回すインセンティブが生じない。
- 銀行の資金調達コストを減らしたり、経済活動を活発化させて与信量を増やしたり、というように間接的に銀行の新規ローンのインセンティブを刺激することはあるかもしれないが、その一方で、債券や株式の増発が可能になった企業が銀行からの与信を返済するかもしれない。
- QEが実際に効果を発揮する経路はホットポテト効果である。
WCIブログなどの常連コメンテーターであるJKHは、自ブログで、この論文がホットポテト効果を取り上げたことでNick Roweは喜ぶだろう、コメントした。ところが豈図らんや、Roweはこの論文に批判的なエントリを上げた。また、スコット・サムナーも反発している。
両市場マネタリストの反発は、一つには、論文が、目標に向けて操作すべき外生変数として金利を前面に押し出したことに向けられている。市場マネタリストの立場から言えば、金利は、あくまでも中銀がインフレを目標に近付ける過程で値が決定される内生変数に過ぎないからである*2。
そしてもう一つ批判の対象となったのは、広義の貨幣が需要要因だけで決まる、という論文の主張である。貨幣は主として供給要因から決まるのであり、その点では貨幣乗数理論もまったく駄目というわけではなく、貨幣乗数を定数と決めてかからない均衡理論としての価値はある、というのがRoweとサムナーの立場である*3。
一方、貨幣のホットポテト効果、ないし、貨幣でセーの法則が成立するか否かを巡ってかつてRoweと論争を繰り広げたDavid Glasnerもこの論文を自ブログで取り上げ、QEの無効性を示すもの、として市場マネタリスト陣営とは逆の評価を下している。Glasnerは、広義の貨幣は需要要因で完全に決まる、というRoweらとは正反対の立場を取っており(cf. ここ)、論文が言及したホットポテト効果にさえ否定的である*4。
*1:この点についてDavid Glasnerは、後述のエントリで、ゼロ金利下限においては準備預金は他の金融資産よりも金利が高いので銀行は喜んで保有し、準備預金への需要が無限になる、と指摘している。
*2:ただし8週間といったごく短期では金利が目標変数と考えても良いかもしれない、ともRoweは論じている。cf.このエントリ。
*3:Roweは別エントリを立てて、貨幣が供給要因から決まるという点をさらに詳説している。
*4:このエントリでGlasnerはホットポテト効果という言葉に直接的には言及していないが、「the banking system creates exactly as much money as is willingly held」と述べ、以前の論争時にRoweのホットポテト論を否定する際に主張した持説を繰り返している。