新貨幣国定主義をISLMの枠組みで解釈してみると

Nick Roweが新貨幣国定主義(MMT*1)をISLMの枠組みで解釈しようとする興味深い試みを行っている


彼に言わせれば、多くの理論経済学の論文は数学だらけで見通しが悪いので、(数学の苦手な)彼は、論文の結論からリバースエンジニアリングを行い、モデルを自分なりに再構成するということをしているという。それと同様に、多くのMMTのブログエントリは言葉だらけ*2で見通しが悪いので、やはり彼なりのリバースエンジニアリングを行ってみたのが今回のエントリ、との由。


そのエントリで彼は、MMT版のISLMを提示する前に、オールドケインジアン版、ニューケインジアン版それぞれのISLMを示している。


まず、オールドケインジアンの教科書的なISLMは以下の通り。

ここでは簡単のため期待インフレ率はゼロを仮定し、実質金利名目金利は等しいものとする。すると、図のIS曲線とLM曲線の交点{r0,Y0}が均衡点となる。上図ではその交点のYは完全雇用水準Ynより小さく、rは自然利子率rnより高いので、この経済は不況に陥っていることになる。この場合、完全雇用水準を回復させるには以下の二通りの方策がある。

  • 中央銀行が貨幣供給を増加させてLM曲線を右にシフトさせてrをrnまで下げる。
  • 政府が財政政策によってIS曲線を右にシフトさせ、rとrnが一致するところまで共に上昇させる。

また、この図で暗黙の裡に仮定されているのが、以下の2点である。

  • フィリップス曲線の存在。長期的なフィリップス曲線は垂直線であり、その時の失業率が自然失業率である。自然失業率に対応する生産水準が、完全雇用水準(というのも紛らわしい呼び方だが)ということになる。そして、その完全雇用水準における垂直線とIS曲線が交わる金利水準が自然利子率rnであり、それは、所期貯蓄と所期投資を等しくする。
  • 右下がりの総需要曲線。物価の下落は実質貨幣残高を増加させ、LM曲線を右にシフトさせる。


次に、ニューケインジアン(ないしネオ・ヴィクセリアン)のISLMは次のようになる。

前の図との唯一の違いは、中央銀行が貨幣供給ではなく金利を選択している点である。そのため、LM曲線は水平線となる。貨幣供給は、中央銀行が選択した金利に対して完全に弾力的となる。
この図でも金利が自然利子率より高いので、経済は不況に陥っていることになる。この時に完全雇用水準を回復させる方策は

  • 中央銀行が貨幣供給をLM曲線を下にシフトさせて、設定金利r0を自然利子率rnまで下げる。
  • 政府が財政政策によってIS曲線を右にシフトさせ、自然利子率rnを中銀設定金利r0と一致するまで上昇させる。

の二通りとなる。


また、この図では暗黙裡に垂直の総需要曲線が仮定されている。仮に物価の下落が貨幣需要を減少させても、中央銀行は同じ比率で貨幣供給を減少させ、金利を一定に保つ*3
このことは、物価水準を決定するためには中央銀行が積極的に金利操作を行わねばならないことを意味する。もし中銀が恒久的に金利を自然利子率より高い水準に設定すると、生産は完全雇用水準を下回り、デフレが加速していくことになる。逆ならばインフレの加速を招く。従って、中銀は平均的に金利を自然利子率(+インフレ目標値)に維持しなくてはならない。


最後に、MMTのISLMは次のようになる。

前のニューケインジアン版の図との唯一の違いは、IS曲線が垂直である点である。これは、金利が所期貯蓄にも所期投資にも影響しないと仮定されているためである。
なお、MMT版では自然利子率というものは存在しない。IS曲線がたまたま(もしくは優れた財政政策によって)完全雇用水準にあるならば、いかなる金利水準においても所期貯蓄と所期投資は一致する。


また、MMT版の総需要曲線は垂直である。というのは、物価が低下しても、実質貨幣供給が増加して実質金利を低下させることが無いためである。そして、仮に金利が低下しても、生産には影響を与えない。そのため、総需要曲線は二重の意味で垂直である。


総需要曲線が垂直であるため、生産が完全雇用水準に向かう内的な要因は存在しない。また、金融政策も総需要に影響を与えない。従って、財政政策だけが生産水準を決定する。物価水準も一意には定まらず、積極的財政政策によって決めてやる必要がある。


金融政策は総需要に影響しないので、中銀は好きな水準に金利を設定できる。フリードマンの最適貨幣量の議論に従って、貨幣と債券の交換の取引コストおよび貨幣保有の機会コストを最小化するため、ゼロ金利に設定しても良い(その場合、インフレ率がプラスならば実質金利はマイナスになるが、[マネタリストの枠組みと違い]MMTの枠組みではそのことは問題にならない)。


金利は、貯蓄と投資の割り当てに関して何ら役割を果たさず、家計や企業の異時点間の消費や生産計画を調整することも無い。単に、借り手と貸し手の間で富を再分配するだけである。


標準的な経済モデルでは、政府は長期的には財政制約に直面する。将来の税収入の現在価値は、将来の財政支出の現在価値(+既存の政府債務)に一致しなくてはならない。政府は金利返済のために借金を重ねるということを無限に続けることはできない。というのは、それをすると債務の対GDP比率を無限に増加させてしまうからである。だが、こうした長期的な財政制約は、国債金利が長期的経済成長率を上回る場合のみ適用される。もし金利が成長率を下回るならば、政府はポンツィスキームを安定して続けることができる(=ドーマー条件)。


もし中央銀行が好きなように金利を設定できるならば、経済成長率より低く設定しても良いことになる。それによって政府債務は安定したポンツィスキームとなり、通常の意味での長期的財政制約は存在しなくなる。財政政策に対する唯一の制約は、財政赤字ないし政府債務の過剰によりIS曲線完全雇用水準の右側にシフトさせ、インフレの加速を招くことだけである。


つまるところ、MMTに取ってISLMの枠組みは大袈裟過ぎるものなのである。ISLMの枠組みのポイントは、金利に関する以下の二つの競合する理論を折衷させることにある。

ISは前者に対する回答であり、LMは後者に対する回答である。ISLMモデルは、両回答が所得水準に依存することを示しており、それぞれの回答が部分的に正しいことを示している(ただし長期的には所得が完全雇用水準に決定されるので、貸付資金の理論だけが自然利子率を決定する)。
だが、MMTのように貯蓄と投資が共に金利に無関係とするならば、実はISLMを持ち出す必要は無く、単純な所得と支出のケインジアンクロスで十分、ということになる。



以上がRoweのエントリの内容であるが、このコメント欄にMMTの重鎮の一人であるWarren Moslerが降臨し、

  • 金利の変化は借り手と貸し手の消費性向の違いに応じて影響する。
  • 政府がネットベースで金利の払い手ならば、その点の考慮も必要。
  • ISLMは固定為替モデルである。

という3点をコメントしている。これに対しRowe

  • もし借り手の方の消費性向が高ければ、IS曲線は右下がりになる。
  • 政府の金利支払いを考慮すると、(MMTとは反りが合わないであろうリカードの中立命題を前提としない限り)IS曲線は右上がりになる。
  • 閉鎖経済モデルというのがより正確な呼び方ではないか。BP曲線によって中銀が為替と金利を独立に設定できるか否かは変わってくるので。

と応じた上で、前二者の効果によりIS曲線が垂直でなくなったとしても、それと完全雇用水準における垂直線との交点は、通常の意味での自然利子率とはまったく違ったものになろう、とコメントしている。


また、ブログ休止中のサムナー*4もコメント欄に姿を現し、MMTで物価水準がどのように決定されるのか分からん、という疑問を投げている。

*1:本ブログではこれまでNeo-Chartalismという用語で言及してきたが、最近はMMT=Modern Monetary Theoryという用語の方が定着してきたようだWikipediaによると、前者はL. Randall Wray、後者はBill Mitchellによる命名との由。

*2:前注でリンクしたはてぶやこのエントリの脚注では、以前のWCIブログエントリのコメント欄におけるRebeleconomistによるMMTへの評価を紹介したが、そこで彼はこの点について「the long and tedious blog posts that they expect the curious to read」や「these people seem incapable of putting their arguments objectively and concisely」と評している。

*3:ここここで紹介したように、名目金利固定の世界を水平なLM曲線と垂直な総需要曲線の組み合わせで解釈するのは、Roweの以前からの定番である。なお、コメント欄で彼は、今回のエントリで行ったような各理論の戯画化を自分自身(のような準マネタリスト)に当てはめるならば、垂直のLM曲線と水平のIS曲線の信者ということになるのかも、と書いている。

*4:ちなみにここで紹介したように、彼は2年近く前にMMT'erの一人のスコット・フルワイラーと闘ったことがある。