今さらISLM論争?

という感もあるが、タイラー・コーエンがISLMモデルの嫌いな点を書き連ねたことをきっかけに、ISLM擁護派と批判派が応酬を繰り広げている。ただ、そこでコーエン批判の先陣を切ったデロングが、6年前にコーエンがほぼ同じ内容のエントリを上げた時にはどちらかというと肯定的に取り上げた*1ことから分かるように、今回の論争では、ISLMどうこう以前にお互いに対するイデオロギー的な反発が前面に立っているように見受けられる。特に、クルーグマンがデロングの批判を取り上げて、Stephen Williamsonがそれを痛罵する*2という最近お決まりのパターンに嵌ってからは、さらにその色合いが強まった*3


そんな中、やはりイデオロギー的な言葉遣いが目立つものの、取りあえずコーエンの論点に逐次的に反論したのがEconospeakのピーター・ドーマンである。以下にその内容を簡単にまとめてみる(各箇条書きの最初がコーエンの論点、次がドーマンの反論)。

  • 実質金利名目金利の違いを区別しないまま2つの曲線を同じグラフに描画している。
  • 金利が付与されない貨幣と、短期金利が付与された証券との区別が決定的に重要だとしている。すべての貨幣に金利が付与されたら(マクロ経済学的に言えばそれはマイナーチェンジに過ぎない)、経済は完全におかしな振る舞いをすることになる。
    • ISLMが要求しているのは貨幣の収益率が他よりも低いこと。それが高ければ、経済は実際におかしくなるだろう*5
  • 金利の重要性を実際よりも強調し過ぎている。
    • それは曲線の傾きの問題であり、モデル自体の問題では無い。
  • 貨幣を金利の付与されていない証券として扱うかと思えば、総需要の背後にある取引手段として扱うこともある。
    • そもそもそうした貨幣の二面性を扱うことがLM曲線の意義。取引需要と流動性選好という概念をお忘れかな?
  • フローを重視し過ぎて、ストックを軽視し過ぎている。
    • この批判は一理ある。確かにストックの変動による限界生産力の変化や資産効果によってIS曲線はシフトするだろう。ただ、それはISLMモデルの範囲外の話。そもそもの目的外のことに使えないからと言って批判するのは的外れ。
  • 期待の変化によって曲線は変化する。
    • 曲線の位置や形状は様々なことによって変化する。それで?
  • LM曲線にはFRBの反応関数が埋め込まれていない。そのことを考えると、このモデルは現在の我々の経済とはまったく違った経済を表わすものという結論に到達せざるを得ない。
    • モデルは政策に対し情報を提供するものであり、それを前提として埋め込むものではない。
  • ISLMから導かれる最も重要なポイント、例えば総需要の重要性は、貨幣数量説や名目GDPの観点から導出できる。


ただ、ドーマンもISLMに無批判というわけではなく、エントリの最後では以下の2つの問題があることを認めている。

  • LM曲線では貨幣供給が固定されている。実際には常に貨幣供給を一定に保つ中央銀行は存在しない。これは非常に大きな問題*7
  • 債務不履行リスクを織り込んでいない。それを取り入れるのはアドオンでは済まず、モデルの既存の変数間の関係を変えざるを得ない。


前者のLM曲線では貨幣供給が固定されているという問題は、前述のデロングの6年前のエントリでも指摘された点であり、今回の論争に反応したMatt RognlieがLM曲線の問題としてあげつらった点でもある。ただ、ここに書いたように、Mのシフト→LM曲線のシフトという経路もISLMモデルには組み込まれているので、それほど致命的な問題ではないようにも思える。また、本ブログでも何回か紹介してきたNick Rowe*8は、LM曲線(場合によってはIS曲線も)を様々に変化させて議論を展開しており、そうしたバリエーションを許容することも含めて考えれば、やはりLM曲線の問題がISLMモデルにとって致命傷になることは無いのではないか、という気もする。

*1:コーエンがデロングの反応にリンクした後続エントリのコメント欄で、Richというコメンターが次のように書いている:
Back in 2005, when you wrote an almost identical post, Brad DeLong posted a reply on his own blog. (I remember reading it for your macro class–MR was assigned reading, as was Brad DeLong’s blog, Brad Setser’s blog, Nouriel Roubini’s blog, and a few more). That evening you asked the class, rhetorically (quoting from memory): “did Brad DeLong disagree with me? No! He piled on!” As indeed he had. I wonder if that post is archived somewhere.
(拙訳)
その昔2005年に貴兄がほとんど同じ内容のブログエントリを書いた時、ブラッド・デロングは自ブログに応答エントリを上げた(貴兄のマクロの講義のためにそれを読んだことを覚えている。当時Marginal Revolutionは、デロングブログ、Brad Setserブログ、ルービニブログなどと共に、受講の際の必読文献になっていた)。その日の夕方の講義で貴兄は、反語的に受講者に問い掛けた:(記憶から引用すると)「ブラッド・デロングは私に同意しなかったかい? いいや! 彼はむしろ私の論点を補強した!」 そして実際そうだった。そのエントリは探せばどこかにあるのだろうか。
…その実際のデロングのエントリを、コーエンはこちらのエントリの追記でリンクしている。

*2:それを取り上げたコーエンにデロングがまた反応している

*3:例外は、イデオロギー的にはコーエンに近いはずのアーノルド・クリングの意外な(?)ISLM擁護論。こちらのコーエンエントリのコメント欄では、デロングは三歳児の反応だがクリングは大人の反応、と評されている。ただ、クリングのエントリは、彼のevil twinのArloによる反応という体裁を取っており、見方によってはそれこそ子供染みていると言えるかもしれない(Arloについてはここここを参照。元ネタはコーエンのTyrone[cf. このエントリの脚注])。

*4:このドーマンの反応は単純過ぎるように思われるが、Roweがかつてこのエントリこのエントリで指摘したように、単に期待インフレ率で両曲線の縦位置を調整すれば良いだけの話のようにも見える。

*5:流動性の罠

*6:クルーグマンはこの点について、「economists who dismiss or attack IS-LM as too simplistic or something almost always end up making assertions that are much more simplistic than IS-LM, if not falling into outright logical fallacies. In fact, I can’t think of a single exception to this rule: every attack on IS-LM I’ve ever seen (as opposed to suggestions that we should also look at more complex models) was followed by some kind of empirical or logical howler.」と述べている。

*7:上記でコーエンのLM曲線とFRBの反応関数という論点を一蹴しておきながら、改めてこの話をLM曲線の欠点として持ち出すのはやや矛盾のようにも見えるが…。

*8:今回の論争では、デロングのエントリにコメントを寄せた以外は今のところあまり目立った動きをしていないが…。