経済の自己修正の速度

一昨日のエントリで紹介したように、クルーグマンのブログエントリにデロングが反応したが、それにさらにクルーグマン反応した

What I want to focus on in this post is the suggestion by Brad DeLong that I missed a failed implication of Hicksian analysis — that demand shocks should be short-term in their effect. Actually, and very unusually, I think Brad has this wrong. The proposition of a long-run tendency toward full employment isn’t a primitive axiom in IS-LM. It’s derived from the model, under certain assumptions. But there’s good reason to believe that even under “normal” conditions it’s a very weak, slow process. And under liquidity trap conditions it’s not a process we expect to see operate at all.
(拙訳)
本エントリでは、ヒックスの分析の失敗に終わった含意を私が見落とした、というブラッド・デロングの示唆に焦点を当てたい。それは、需要ショックの影響は短期に終わるはずだ、というものだ。実際のところ、極めて稀なケースだが、ブラッドはこの点について誤っていると私は思う。完全雇用への長期的な収束傾向という命題は、IS-LMの初歩的な原理ではない。それはある仮定の下でモデルから導かれるものだ。しかし、「通常」の状況下でも、それが非常に弱くて遅いプロセスだと信ずべき十分な理由がある。流動性の罠という状況下では、それは機能することがまったく期待できないプロセスである。


クルーグマンは、経済の長期的均衡への自己修正が機能するのは、教科書的な分析によれば、物価の低下が実質貨幣供給を押し上げ、金利を引き下げ、それによって雇用が回復する、という経路である点を指摘している。そして、その自己修正の速度について以下のような試算を行っている。

  • 貨幣の流通速度が一定の場合
  • 貨幣の流通速度が一定でない場合
    • 金利が低下している時、物価の低下は部分的には実質生産の上昇ではなく貨幣の流通速度の低下につながる。従って、自己修正の速度はもっと遅くなる。
    • しかも、ゼロ金利では自己修正のプロセスはまったく働かない。流動性の罠の下では経済の自己修正の命題は成立せず、伸縮的な価格はむしろ債務とデフレのスパイラルを招いてしまう。
    • 十分に物価が下落すれば将来のインフレ期待が生じるが、それはここで問題にしているメカニズムではない。
    • 通常の場合、不況はそれほど長くは続かない。また、中銀も座視することは無いため、経済は回復する。経済は自己修正するのではなく、中銀が回復させるのだ。しかし流動性の罠の下では中銀は手も足も出なくなる。そうした状況下で経済が長期的均衡に急速に回復するという話は基本的なマクロモデルからは出て来ない。従って急速な回復の欠如はモデルの失敗ではなくむしろ成功。

*1:次のようなロジックを考えているものと思われる:
  π[t]=-0.25(u[t-1]-u*)       【BCS論文】
⇒ π[t]=0.125(y[t-1]-y*)       【オークン則】
⇒ y[t]-y[t-1]=-0.125(y[t-1]-y*)  【貨幣の流通速度一定】
⇒ y*-y[t]=0.875(y*-y[t-1])     【GDPギャップの漸化式に】