緊縮策のGDP押し下げ効果は無くなったのか?

30日エントリで紹介したFatas=サマーズ論文ではブランシャール=リー論文の財政乗数に関する推計に言及していたが、その推計を直近データを用いてアップデートし、近年のEUでは彼らが報告した効果は有意ではなくなった、という結果を示したVoxEU記事が上がっている。記事の著者はオランダ経済省中央企画局*1のJan MohlmannとWim Suyker。


これにデロングとクルーグマンが素早く反応した。まずデロングが、VoxEU記事では対象全期間についての推計結果が無いことを指摘したほか、記事の冒頭の表現に文句を付けた。

するとコメント欄にSuykerが現れ、記事の参考文献でリンクされた自論文に全期間についての結果が掲載されていることを指摘したほか、別のオランダ語プレゼン資料にもリンクして、自分は別に乗数否定論者ではない、と弁明した。
以下は論文の表。

左側の列の最下行にVoxEU記事では省略された全期間についての結果が示されており、そちらは有意になっている。
ちなみにこの表に関する論文本文での解説は以下の通り。

The equation estimated by Blanchard and Leigh and by us is:
  Forecast Error of ΔYi,t:t+1 = α + β Forecast of ΔFi,t:t+1|t + εi,t:t+1
where ΔY represents the cumulative change in real GDP in country i (Yi,t+1/Yi,t-1-1) and ΔF represents the change in the general government structural fiscal balance in percent of potential GDP. The forecasts are made using information available early in year t. A negative sign for β indicates that countries which were expected to improve their structural fiscal balance performed worse than expected by the forecasts. This would suggest that fiscal multipliers were underestimated in the forecasts.
(拙訳)
ブランシャール=リーならびに我々が推計した方程式は
  Forecast Error of ΔYi,t:t+1 = α + β Forecast of ΔFi,t:t+1|t + εi,t:t+1
ここでΔYは国iにおける実質GDPの累積的変化(Yi,t+1/Yi,t-1-1)、ΔFは一般政府の構造的財政バランスの対潜在GDP比の変化を表す。予測は年tの最初に利用可能な情報を用いている。βがマイナスであるということは、構造的財政バランスの改善が予想された国では、予測の見込みよりも経済のパフォーマンスが悪化したことを示す。このことは、予測において財政乗数が過小評価されたであろうことを示す。


またクルーグマンは以下の図を示し、Mohlmann=Wim Suykerが結果が有意で無くなったと報告した期間ではそもそも財政緊縮策が一段落しており、財政緊縮が経済に与える影響に関する自然実験としての意味が無くなっていたことを指摘した。



こうした反応の素早さもさることながら、両者の言葉遣いの激しさ――デロングはMohlmann=Wim Suykerの研究を「Naughty, naughty!」と表現し、クルーグマンは「研究者たちは何が起こっているかについて考えを巡らせていない(researchers aren’t thinking about what was going on)」と書いた――には些か驚かされた。こうした反応は、このテーマが両者にとって如何にセンシティブな話題かを物語っているように思われる。