財政支出が自らを賄う時

デロング=サマーズ論文についてThe Irish Economyブログでエントリが立ったが、そのコメント欄で、エントリを書いたJohn McHaleとデロングのやり取りがあった(Economist's View経由)。


このデロング=サマーズ論文は、1年ほど前にここで紹介したデロングの発想を発展させたものだが、そのエントリの注釈で小生は、債務GDP比率が本来は式に入るべきではないか、と書いた。しかし、今回のデロングのコメントを読んで、その必要はやはり無いことを漸く理解したので、改めて以下にデロングの考えを整理してみる。
なお、以下で使用する記号は、デロング=サマーズ論文のものではなく、前回のエントリのもの(=その元となったデロングのエントリの記号)を踏襲する。ただ、前回エントリでは緊縮財政の悪影響について定式化したが、今回は論文に倣って財政支出の影響を定式化するものとする(解釈が異なるだけで、式自体は同じ)。


限界税率をt、金利をr、名目GDP成長率をg*1、財政乗数をm、財政支出によるGDP上昇のうち恒久的な好影響をもたらす割合をsとすると、1ドルの財政支出による将来の税収への好影響は
  tms
となる。


一方、将来において債務GDP比率が一定になるものとすると、その時のプライマリーバランス【の増分】は*2
  -(1-mt)(r-g) 【(1-mt)(r-g)】
である。というのは、乗数効果によるキックバックを考えると債務は1-mtしか増えないので、債務GDP比率は【、債務をD、GDPをYとして、】
  (1-mt) / 1 = (1-mt) 【{D + (1-mt)} / Y】
となるが、金利支払いとGDPの成長を経てもこの比率が変わらないという条件を満たすためには、プライマリーバランスをpbとして、
  {(1-mt)(1+r)+pb} / {1+g} = (1-mt)  【{D + (1-mt)} / Y = [(1+r){D + (1-mt)} - pb] / {(1+g)Y}】
となる必要があるためである。これを解くと
  pb = -(1-mt)(r-g)  【pb = (r-g){D + (1-mt)}】
となる。【即ち、pbは財政支出前の水準(r-g)Dに比べ(r-g)(1-mt)だけ増加する必要がある。】


従って、tmsがこのpb【の増分】より大きくなれば、債務GDP比率は低下していき、財政支出は自らを賄ったことになる。


デロングは前述のコメントで、以下のような数値例を示している。

m=1.5、s=0.1、t=1/3、r=6%、g=4%とし*3、債務GDP比率は1で安定しているものとする、従って、pbはGDPの2%で推移している。

ここで、3年間、毎年の税金収入の10%を財政支出に充てるものとする(GDPを基準として、ΔG=3t/10=0.1)。従って、3年の間、各年のGDPはmt/10=5%だけ増大する。ただ、4年目になってもGDPは元の水準には戻らず、各年の支出増大額のs分だけは恒久的に残存する。即ち、財政支出が無かった場合に比べ、5%×3×0.1=1.5%だけ大きくなる。

一方、債務は、3年間、毎年 t/10×(1-mt)=1/60だけ余計に増えていく。3年間ではΔD=1/20=5%である。結局、4年目には、債務GDP比率は5-1.5=3.5%だけ大きくなり、1.035となる。それにより、利払い費は0.035×(r-g)=0.07%だけ悪化する。

ただ、GDPが1.5%大きくなったことにより、PBもGDPの0.5%だけ改善している。従って、実は、その利払い費の悪化を補って余りあるほどPBが改善していたわけだ。そのため、債務GDP比率は、その後毎年0.43%ずつ改善していくことになる*4

*1:前回エントリでは誤ってnと記述した。

*2:2016/3/21修正。追加部分は【】で括った。以下同様。

*3:rとgは名目ベース。そのほかインフレ率が2%という設定も記述しているが、実際には使用していない。

*4:デロングは最終的に債務GDP比率は0.8に収束していくと書いているが、McHaleが応答コメントでやんわりと指摘している通り、改善後のPB=2.5%をr-g=2%で割り引くと1.25になるので、これはデロングの計算違い(2.5/2とする代わりに2/2.5とした)と思われる。この場合の債務GDP比率の低下には特に下限は存在しない。McHaleは、そうした低下を緩和してより現実的な数字にするため、財政支出の恒久効果sに減衰を取り入れることを提唱している。