財政赤字ギャンブルの得失

前回エントリで取り上げたマンキューらの財政赤字ギャンブル理論は、その後の経済学の展開を踏まえた現在の観点からすると、以下の2点で考慮不足があるように思われる。

  • 増税によって成長率が下がり、債務GDP比率が想定ほど改善しない、ないし、むしろ悪化する可能性を考慮していない。
  • 破綻について、債務GDP比率がある閾値に到達して破綻、と定義しているが、その際に具体的にどの程度の損失が生じるかを定量的に検討していない。従って、その損失と財政赤字計上による利得との比較考量にまで考慮が及んでいない。

前者について本ブログではデロング=サマーズ理論を基に既に何度か考察しているので(ここここここここ)、ここでは後者について簡単な計算例を考えてみる。

今後の財政赤字を毎年dtだけ増やした場合、乗数を1とすれば、今後N年間にΣt=1..NdtだけGDPが増えることになる。一方、財政赤字を増やした結果、N年後の破綻確率がpだけ上昇したとする。その場合、破綻による損失がΣt=1..Ndt/pを下回るならば、破綻が生じたとしても、利得が損失を下回り、財政赤字を計上した方がトータルの厚生が向上することになる*1

2011/7/16エントリで参照した、マンキューらの研究を日本に応用した論文によると、基礎的財政赤字GDPの3%の場合、2%の場合に比べて25年後の破綻確率がおよそ10%上昇する。その数字を基に、GDPをYtとして、N=25、dt=0.01Yt、p=0.2としてみると*2、1.25Yという数字が弾き出される(Yは25年間の平均GDP)。即ち、25年後の破綻時の損失増分が、25年間の平均GDPの1.25倍にならなければ、財政赤字を拡大した方が得、という計算になる。Wikipediaで引用されているRicardo LagosとRandall Wrightの研究*3によれば、10%のインフレの厚生費用はGDPの3~4%とのことなので、破綻の費用がインフレで賄われる場合、10%のインフレが10年続いたとしても充分に割に合うことになる。

ただしその場合、財政赤字の恩恵を受ける世代と、破綻の損失を被る世代が異なる、という指摘があり得るだろう。だが、財政赤字が完全にその世代の消費に終始するならともかく、人的資本や公共資本への投資に回るならば、後続の世代もその恩恵を受けることになる。21世紀に入ってから公的インフラや大学への歳出を絞った結果、国の凋落が進み、現在および将来の若い世代がそのツケを払うことになった、という日本の苦い経験に照らせば、財政赤字の恩恵は現世代、そのギャンブルのツケを支払うのは将来世代、というのはあまりにも単純な見方のように思われる。

*1:ここでは簡単のため時間割引率を1とした。

*2:損失への忌避があるため利得が損失よりも大きくないと割が合わない、というリスク回避度も考慮し、pは大きめに設定した。

*3:cf. ここ