かつて正しかった理論

「Formerly True Theories (Wonkish and Self-Indulgent)」と題したエントリでクルーグマンが、かつては正しかったが、それを生み出した背景ゆえに成立しなくなった理論の例として以下を挙げている

  • マルサス経済学
    • 人口圧力が生産性の利得をすべて吸い上げてしまうため、大部分の人々は生存のための最低限の生活を余儀なくされる、という理論。
    • メソポタミアに文明が出現して以来の60世紀のうち58世紀は正しかった。
    • 現代経済学流の考え方をしたマルサスのような人を生み出した潮流(知的好奇心、体系的な徹底した思考、科学的態度の勃興)そのものが、技術進歩を促し、マルサス的な罠から世界を救い出した。
  • ヒュームの正貨流出入機構論*1
    • 1752年の「Of the balance of trade*2」は、経済学の発展において画期的な著作であり、明示的な数学は無いものの、単純な思考実験で現実世界を解き明かす(かつ、重要な政策指針を提示する)最初の真の経済学モデルだった。
    • Glasnerは、部分準備銀行の台頭と中央銀行の裁量によってこれは19世紀には良いモデルではなくなった、と言うが、銀行準備金が正貨の形を取り、米国のように銀行券が正貨に裏付けられている間(=19世紀の大部分)は、正貨流出入機構は概ね健在だった。
    • その一方で、貿易収支と正貨流出入の間の単純な関係は、資本の広範な移動性によって崩れた。
      • 英国の投資家が米鉄道会社の社債をどっさり買い込む時には、もはや我々はヒュームの世界にはいない。
    • だが、そのことは、ヒュームが「彼の」世界について誤っていたことを意味しない。
      • 硬貨が最初に導入された時から18世紀終わりないし19世紀初めに掛けての歴史においては、ヒュームの正貨流出入機構のようなものが間違いなく機能していた。
        • 例:スペインの銀による欧州全域での物価の上昇
          • ヒュームの言う通り、スペインの銀はスペインの物価を上昇させ、貿易赤字をもたらし、銀はスペインの貿易相手国に流出していった
    • (ヒュームもその出自である)スコットランド人をはじめとする人々が現代的な銀行制度を発展させ、資本を国境を越えて投資するようになった。そうした商業的な技術革新は、ほかならぬデビッド・ヒュームやアダム・スミスを生み出した進取の精神の賜物だった。
  • 自己修正的な経済
    • 失業がデフレをもたらし、それによって実質貨幣供給が増え、完全雇用を回復する、という経済。
    • 歴史の大部分においてそれは機能していたと思われるが、農業経済が工業経済に取って代わられ、物価の柔軟性が乏しくなると、機能しなくなった。
      • デビッド・リカードが需要不足の可能性を否定したのは大いなる過ちであり、かつ、1817年の英国で既に間違っていた。だが、過去には正しかった。

*1:クルーグマンの今回のエントリは、David Glasnerのこのテーマのエントリがきっかけとなっている。

*2:cf. 抄訳