保守派知識人の黄金時代はいつだったのか?

と題したブログエントリでクルーグマンが、以下の4項目について保守派の考え方を腐し、彼らの黄金時代など無かった、と一蹴している(原題は「When Was The Golden Age Of Conservative Intellectuals?」)。

  • マクロ経済学
    • フリードマンと初期ルーカスが、積極的な政策(特に財政)を批判したことで有益な貢献をしたことは疑いない。1976年頃のシカゴマクロ経済学のパフォーマンスは実際大したものだった。
    • しかし、1980年代の出来事でルーカス型のモデルは失敗した。一方、アップデートされたケインジアンモデルは持ちこたえた。だが、保守派のマクロ経済学者は巣穴に深く潜り込み、ケインズ主義だけでなくフリードマン型のマネタリズムにも事実上背を向けた。
    • 深刻な不景気と闘うための積極的な金融拡張策は、元々は保守派の考えだった。しかし今やそれは左派に歓迎される半面、右派が忌み嫌うものとなっている。かつて保守派の良い考えだったものが、リベラル派に取り込まれる一方で、右派が拒否するものとなったのである。
  • 環境
    • ここでも上記と同様のことが起きた。環境汚染と闘うために市場と価格インセンティブを使うというのは、元々は保守派の考えであり、左派の一部は批判していた。しかし最終的にはリベラルがそれを取り入れ、キャップ・アンド・トレードは右派の忌み言葉となった。政府は悪!という粗野なスローガンと、企業利益への阿りが、分析に勝った。
  • 医療


1980年代のルーカス型モデルの失敗についてクルーグマンは3年前の自ブログエントリにリンクしているが、そこでは以下のように書かれている。

...in the 1970s rational-expectations macroeconomists, led above all by Chicago’s Robert Lucas, made an extremely influential case against any kind of activist policy. The key proposition in that case was an assertion, based on Lucas-type models, that only unanticipated changes in monetary policy had real effects. As soon as people understood that, say, the central bank had targeted a lower rate of inflation, prices and wages would adjust, without the need for sustained high unemployment.
What actually happened in the 80s, however, was that central banks — most famously the Fed, but also the Thatcherite Bank of England and others — drastically tightened monetary policy to bring inflation down. And inflation did indeed come down — eventually. But along the way there were deep recessions and soaring unemployment, which went on much longer than you could justify with any plausible story about the monetary shock being unanticipated.
(拙訳)
・・・シカゴのロバート・ルーカスを筆頭とする1970年代の合理的期待形成派のマクロ経済学者は、いかなる積極政策にも抗する極めて影響力の強い論理を展開した。その論理の鍵となる命題は、予想されない変化だけが実体的な効果を持つ、というルーカス型モデルに基づく主張だった。例えば中銀が目標インフレ率を低めたということを人々が理解するや否や、持続的な高失業率の必要無しに物価と賃金は調整される。
しかし80年代に実際に起きたことは、中銀――最も有名なFRBだけでなくサッチャー政権下のイングランド銀行なども――が、インフレ率を引き下げるために金融政策を徹底的に引き締めた、ということだった。そしてインフレ率は、実際に下がった――最終的には。だがその過程で深刻な景気後退や失業率の急上昇があった。それが持続した期間は、金融ショックが予想されていないという説得力のあるいかなる話で正当化し得るよりも遥かに長いものだった。