ゼロ金利下限をそれほど気にしなくても良い理由

WCIブログのNick Roweが、ゼロ金利下限は無問題と主張する人々を批判したサイモン・レン−ルイス(ここここ)に反応して、以下の4つの論考を提示している

  1. ゼロ金利下限は実際に壁であり、経済がそこを越えたいのに越えられない場合には宜しくない状況に陥る。
     
  2. しかしゼロ金利下限はマジックテープではないので、そこにいったんぶつかったら貼り付いていなくてはならない、というわけではない。
    • 金利政策だけが金融政策というわけではない。
       
  3. 名目GDP水準目標政策は、ゼロ金利下限にぶつかる危険性を減じる。
    • 自動安定化の仕組みを組み込んでいるという点で価格水準目標はインフレ目標より優れているが、名目GDP目標は、以下の3つの理由により、価格水準目標よりさらに優れている:
      1. フィリップス曲線が平坦に近いと、価格の下落も小さくなるので、自動安定化が効きにくい。その際、単に実質GDPを高めて自動安定化を効かせようとしても、期待実質成長率がどの程度になるかが人々に分かりにくい。名目GDP水準目標レジームにあれば、名目GDPが何%目標を下回っているかを基に、人々が物価の期待上昇率から実質GDPの期待成長率を割り出すことができる。
      2. 負の需要ショックと共に負の供給ショックが経済に訪れることもあり得る。その場合、価格が目標を上回れば、価格水準目標は却って自動不安定化方向に働く。名目GDPはその場合にも目標を下回るので、名目GDP水準目標は自動安定化の役割を果たし続ける*1
      3. 自然利子率は潜在成長率と正の相関を持つと考えられるので、潜在成長率が低迷している時期は、高いインフレ目標を掲げてゼロ金利下限にぶつかる危険性を下げるのが良い。名目GDP水準目標はまさにそうした保険の枠組みを提供している。
         
  4. 経済が景気後退期にあっても、金利が自然利子率を上回っているとは限らない。
    • 中央銀行金利を自然利子率より上昇させれば、経済は景気後退に陥る。しかし、その逆は真では無い。


このうちの4番目の論考については、以前ここで紹介した右上がりのIS曲線という考え方を基にしている。その主張を小生なりに解釈すると、以下の図のようになる。

即ち、通常のISLMにおける流動性の罠の解釈では、図のIS曲線に経済が乗っている場合、完全雇用Y*の水準(=A点)に達するためには金利iはマイナスにならなくてはならないが、それは不可能である。しかし、金利以外の政策手段でIS曲線がIS'曲線にシフトした場合*2、B点において完全雇用が達成される。Roweの右上がりのIS曲線の考え方からすると、これはIS曲線のシフトというよりは、右上がりのIS曲線(=図のIS''曲線)に沿って経済が動いた、ということになる(この場合、IS曲線はLM曲線と概ね重なることになる)。

IS曲線と生産の完全雇用水準における垂直線とが交わる点は、自然利子率と考えられる*3。通常のISLM解釈では、それはA点であり、自然利子率はゼロを下回っていることになる。しかし、右上がりのIS曲線を考えた場合、その自然利子率はB点となり、ゼロ(=現在の金利の水準)を上回っていることになる。即ち、後者の解釈に立てば、景気後退期においても自然利子率が金利を上回っているわけだ。


ちなみにRoweは、コメント欄でのやり取りで、前者を短期の自然利子率、後者を長期の自然利子率と称している。これは、Ritwikというコメンターが、この4番目の論考は

金融政策は自然利子率を上げる(もしくは下げる)力を持つため、仮にすべての景気後退が市場金利が自然利子率を上回る状況なのだとしても、そのことは金融政策と景気後退について分析する際にそれほど問題とならない。

と言い換えた方が良いのではないか、とコメントしたのに応じたものである。曰く、Ritwikの指摘は尤もだが、自然利子率は金融政策の影響を受けない、というのが一般的な概念であることを考慮すると、そのように長短の区別を取り入れる必要が生じる、との由。

*1:cf. 英国の事例Stephen Williamsonの批判

*2:市場マネタリスト流に考えれば金利以外の金融政策によるIS曲線のシフトということになるが、構造改革清算主義が奏功した結果としてのIS曲線シフトと考えても、ここでの論理は成立する。

*3:cf. ここで紹介したRoweの考察。