波が風を消す・その247

本ブログで何度か紹介したように(例:このコメントここここ)、金融政策は万能なので財政乗数はゼロである、というのがサムナーの従来からの主張である。最近も247回目と銘打ってその主張を繰り返したが、今回はそれにデロングノアピニオン氏が反応した。erickqchan氏がツイートされたように(ここここここ)、ノアピニオン氏のエントリのコメント欄にはAndy Harlessやデビッド・ベックワースも姿を見せ、サムナーの肩を持っている。


それぞれの主張を簡単にまとめると以下のような感じになろうか:

サムナー(+Harless、ベックワース)
FRBは名目GDPを左右する力を持っている。例え経済見通しを誤った場合でも、だ。財政政策のためにその見通しから経済が外れようとすると、その効果を相殺してしまう(ゼロ金利下にある場合は、その財政政策の効果分だけ非伝統的金融政策をさぼる)*1。従って、財政乗数は常にゼロである。
デロング
FRBがあらゆる手段を使って名目GDPを元の経路に戻そうとするならば、サムナーは正しい。しかし不幸なことに、現在のFRBはそうではなく、財政刺激策があろうが無かろうが同じ政策を維持している。その場合にサムナーが正しいのは、以下のいずれかのケースのみである。
  • 貨幣需要が消費にではなくGDPに依存し、かつ、金利に対し非弾力的である場合
  • 財政拡張策で購入するものが民間部門がいずれにしろ購入するものであり、かつ、リカードの中立性が成立する場合
ノアピニオン氏
大不況で名目GDPがトレンドから外れたのは、FRBにその力もしくは意思が無いことを示しているのではないか?
Harless
もしFRBが(意図せざるとしても結果的に)名目GDP水準ではなく同成長率を目標に置いており、一回ミスをして名目GDPが下振れてしまった後もそれを取り戻そうとしないのであれば、現状は説明できる。その場合、名目GDPは単位根を持つと予想されるが、簡単な統計分析でそのことが裏付けられる。
別の説明(かつHarless自身も説得力があると考える説明)としては、以前のFRBはインフレ抑制を主たる動機としていたが、今は非伝統的金融政策への忌避が主たる動機となっている、ということが考えられる。あるいは、平均回帰的な成長率が存在し、そのトレンド成長率が縮小しつつある、という説明も考えられる。ただ、いずれの説明も、FRBは実は名目GDP成長率を目標としている、という説明に比べれば簡明さに欠けており、その点でオッカムの剃刀に反している。


なお、Harlessは、ノアピニオン氏のコメント欄ではこのようにサムナーの主張を擁護する姿勢を堅持しているものの、元のサムナーのエントリでは、その矛盾を突くようなコメントも書いている。具体的には、サムナーの主張を敷衍すると

  • 金利がゼロ下限に達していない時は、FRBは金融政策で然るべき名目GDPを維持すると期待できる。
  • 金利がゼロ下限に達すると、非伝統的金融政策への忌避から、FRBは然るべき名目GDPに比べ常にアンダーシュートする。

というレジーム・スイッチング的な状況を仮定することになるが、後者の場合は財政政策は効果を持つのではないか、と指摘している。これに対しサムナーは、非伝統的金融政策に比べても財政政策の効果は非常に弱いので、そうしたレジーム・スイッチング・モデルで財政政策の効果が常にゼロだと仮定しても現実からそれほど外れているわけではない、と応じている。

*1:ちなみにサムナーはこのエントリでは、バーナンキの不作為をメルヴィルの不条理小説「バートルビー」に喩えている。