金融政策にとっての3つの不都合な真実

と題した講演(原題は「Three Uncomfortable Truths For Monetary Policy」)をギータ・ゴピナート(Gita Gopinat)IMF筆頭副専務理事がECBの中銀フォーラム*1行っている(H/T Mostly Economics。cf. ECBサイトの講演スライド)。
その不都合な真実とは以下の3点。

  • The first uncomfortable truth is that inflation is taking too long to get back to target. This means that central banks, including the ECB, must remain committed to fighting inflation despite risks of weaker economic growth.
  • The second uncomfortable truth is that financial stresses could generate tensions between central banks’ price and financial stability objectives. Achieving “separation” through additional tools is possible, but not a fait accompli.
  • The third uncomfortable truth is that going forward, central banks are likely to experience more upside inflation risks than before the pandemic. Monetary policy strategies and the use of tools like forward guidance and quantitative easing must accordingly be refined.

(拙訳)

  • 第一の不都合な真実は、インフレが目標に戻るのに時間が掛かり過ぎていることです。これが意味することは、ECBを含む各中銀が、経済成長が弱くなるリスクがあるにもかかわらず、インフレとの闘いにコミットし続けねばならない、ということです。
  • 第二の不都合な真実は、金融ストレスが、中銀の物価と金融安定性の目標の間で緊張をもたらしかねない、ということです。追加的な政策ツールで「分離」を達成することは可能ですが、それは既定の事実ではありません。
  • 第三の不都合な真実は、今後、中銀がコロナ禍以前よりもインフレの上振れリスクをより多く経験する可能性が高い、ということです。金融政策戦略とフォワドガイダンスや量的緩和のような政策ツールの利用は、それに応じて洗練させていく必要があります。

講演では、低インフレをサミュエル・ベケットの戯曲のいつまでも来ないゴドーに例えている。ただ、ゴドーと違って最終的には来ることも願う、と付け加え、結論部では低インフレはゴドーのような見知らぬ人物ではなく馴染みがあるものだ、とも述べている。

インフレの上振れリスクの上昇については以下の3つの要因を挙げている。

  1. コロナ禍の不安定なサプライショックが続く顕著なリスク
  2. 気候変動による物理的および移行リスクの上昇
  3. 資源の利用水準が高い局面では非線形性が著しくなるというコロナ禍で明らかになったフィリップス曲線の特性*2

また、政策ツール利用の洗練化については以下を挙げている。

  • フォワドガイダンスに免除規定を設け、事態が予想と違う急展開を遂げた場合は従わなくても良いようにする
  • 経済が回復した後の量的緩和の継続に慎重になる


ここで示されたゴピナートのインフレないし経済観は、同じくIMF調査局長を務めたブランシャールが長期停滞の継続を予想している(cf. ここここ)のと対照的と言えるだろう。

*1:日本ではパネル討論での植田日銀総裁の発言が話題になった

*2:cf. 「It’s Baaack:2020年代のインフレ高騰と非線形のフィリップス曲線の復活 - himaginary’s diary」で紹介した論文(ゴピナートは参考文献に挙げていないが)。