変化しつつある中銀への圧力とインフレ

というNBER論文をケネス・ロゴフらが上げているungated(ブルッキングス研究所)版*1)。原題は「Changing Central Bank Pressures and Inflation」で、著者はHassan Afrouzi(コロンビア大)、Marina Halac(イェール大)、Kenneth S. Rogoff(ハーバード大)、Pierre Yared(コロンビア大)。
以下はその要旨。

We present a simple long-run aggregate demand and supply framework for evaluating long-run inflation. The framework illustrates how exogenous economic and political economy factors generate central bank pressures that can impact long-run inflation as well as transitions between steady states. We use the analysis to provide a fresh perspective on the forces that drove global inflation downward over the past four decades. We argue that for inflation to remain low and stable in the future, political economy factors, such as strengthened central bank independence or more credible public debt policy, would need to offset the global economic pressures now pushing average long-run inflation upwards.
(拙訳)
我々は長期のインフレを評価するための簡単な総需給の枠組みを提示する。その枠組みでは、外生的な経済要因ならびに政治経済要因が、長期のインフレおよび定常状態間の遷移に影響するような中銀への圧力を如何に生み出すかが示される。我々はその分析を用いて、過去40年間に世界のインフレを引き下げてきた力について新たな観点を提示する。今後インフレが低位で安定し続けるためには、強化された中銀の独立性や、より信頼できる公的債務政策といった政治経済要因が、今や長期の平均インフレを押し上げている世界的な経済的圧力を相殺するのに必要である、と我々は論じる。

本文およびブルッキングス研究所のまとめ記事によると、インフレ圧力の下方から上方への逆転をもたらした要因は以下の3つ。

  1. グローバリゼーションの終焉
    • 世界のGDPに占める貿易の割合は2008年の61%で天井を打ち、2021年には57%に反落した。
    • ウクライナやガザでの戦争といった地政学的な緊張の高まりや、2007-2009年の金融危機後やパンデミック後に導入された保護主義的な政策の継続により、デグローバリゼーションは続く可能性が高い。
  2. 公的債務の増加
    • IMFは公的債務の増加を予測しており、そのことはインフレ圧力を高める。
    • 財政支出を増やす圧力となっているのは:
      • パンデミック期の政府支出のデットオーバーハング
      • 金利上昇による債務の利払い費の増加
      • 高齢化の進展とそれに伴う社会保障支出の増加
      • 炭素排出ネットゼロを達成するための支出増加
      • 国際的な緊張の高まりに対応した防衛費の増加
      • 国内産業を支えるための補助金の拡大
  3. 金利のゼロ下限制約の緩和
    • コロナ禍前は、超低金利により中銀の政策は反インフレ傾向を余儀なくされた。即ち、短期金利をゼロよりあまり低くできないため、拡張的な金融政策を取ることに限界があった。高金利においては、経済を刺激するための金利の引き下げ余地が大きいため、インフレを押し上げる傾向も強くなる。

長期停滞は続くのか、それとも終わるのか、というのは以前紹介したサマーズとブランシャールの議論で一つの焦点となったテーマであるが(cf. 自然利子率と中立金利:過去と未来 - himaginary’s diaryおよびそのリンク先)、この論文のインフレの見通しはサマーズの側に立ったもの、と言って良さそうである。