サマーズ対ブランシャール:今後の金利を巡る議論

ピーターソン国際経済研究所で行われたブランシャールとサマーズの今後の金利動向に関する対談の前半を、トランスクリプトを基にざっくりとまとめてみる。
対談ではまずブランシャールが以下の8項目の論点を挙げて議論の口火を切っている。

  1. コロナ禍以前の35年間に、金融危機のような特定のイベントとは無関係に、世界の実質金利を小幅ながらコンスタントに低下させる構造的な力が働いていた。そうした力が反転したとは考えにくい。
  2. 今日の高金利はインフレとの戦いによるものであり、インフレが無ければ金利はもっと低かった。そしてインフレとの戦いがピークを迎えている今日でさえ、コロナ禍前ほどではないもの、実質金利は成長率より低い。
    • 翌日物金利スワップとインフレスワップから予測される10年先の金利は0.8%であり、これは明らかに10年先の成長率より低い。目先はこの大小関係が逆転することがあるかもしれないが、長期的にはr-gは依然としてマイナス。
  3. 市場心理に関係する話になるが、高インフレ・高金利の環境下で、インフレとの戦いに勝利した後にどうなるかを読むのは難しい。参考に供するため1980年代に遡ってみたところ、82年から85年に掛けて、10年物金利は1年物金利よりかなり高く、スプレッドがあるとはいえ、その差は2.5%だった。当時も市場は後でどうなるかを読み解くのに苦労していた。従って、正しい金利はさらに低い可能性がある。
  4. 市場の投資家に耳を傾けるべきではあるが、完全に信用するべきではなく、自分でいろいろ調べるべきである。サマーズと自分が実際に分析してみた結果、金利低下の背景には、高貯蓄、資金供給の多さ、投資の低迷、資金需要の低迷、安全資産への需要の多さとそれによる安全利子率の低下、と言った要因の組み合わせがあることが分かった。ただ、サマーズは同意しないかもしれないが、犯人を絞り込むことはできなかった。それらすべての要因がそれぞれ何らかの役割を演じたように思われるが、正確にどういう役割を演じたかは分かっていない。将来予測のためにはそれらの要因の動向を考察する必要がある。
  5. 要因の一つである需要の動向をみると、現在はかなり反発力が強く、FRBは経済を減速させるのに苦労している。構造的な需要が以前より増加しているため、金利を高くする必要が生じている。だが、その需要の増加は、過去数年の財政政策がもたらした過剰貯蓄によるペントアップ需要とみられ、高金利を今後も継続させるものではない。
  6. 民間貯蓄について言えば、それがコロナ禍前に大きな役割を演じたのは、平均寿命が延びたことが原因。退職後の期間が長くなったので、貯蓄の必要が高まった。そうしたライフサイクル貯蓄が、収入が増えたことと相俟って、貯蓄を押し上げた。その傾向は今後も続くと思われる。
    • 新興国発展途上国では出生率が下がっているため、一見、貯蓄も低下するように思われる。だが、中国のように子供を老後の保険と考えている国からすると、むしろそれにより自身の貯蓄の必要性が高まったことになる。
    • 関連する話として公的部門の貯蓄取り崩しがあり、これについてはサマーズから後ほどコメントがあると思うが、それによる債務の増加は均衡金利の上昇につながる。その点について2点指摘しておく。
      1. 財政赤字の大きさに鑑みて、債務が例えば2019年に比べて大幅に増えたと思われるかもしれないが、インフレによる名目債務の目減りがあったので、実はそれほど増えていない。
      2. ただ、先行きについては心配。EUについては財政再建の取り組みがあると思われるので心配していないが、米国の予算プロセスには問題がある。それにより債務が今後増加し、5年ないし10年後の中立金利は上昇する懸念がある。
  7. 安全資産の需要については、様々な理由により増加してきた。大きな理由の一つは規制の徹底で、金融機関が流動性の保持を求められた結果、安全資産を保有するようになった。この傾向は変わらないとみられる。
  8. 投資については、コロナ禍前は弱く、それが中立金利が低い一因だった。今後の動向については、サマーズも自分もその重要性をどう見るかで苦闘している。投資が伸びるであろう要因は数多くあり、AI等で全要素生産性が高まることがその一つである。その場合、gが高まると同時にrも高まり、r-gがどうなるかは一意に決まらない。それ以外の投資を押し上げそうな要因としては、リショアリング、国防費、グリーン投資がある。国防費とグリーン投資は部分的には債務で賄われることになるだろう。温暖化対策は特に大きな投資が必要になり、グロスで(訳注:GDPの)2-3%、ブラウンエネルギーへの投資の減少を差し引いたネットで1-2%になるだろう。いずれの要因も金利を上昇させるため、金利がコロナ禍前のマイナスの水準に戻ることはないだろうが、rはgを下回り続けるのではないか。


これについてサマーズは概ね以下のように応じている(ブランシャールの近著への反応も含まれているようである)。

  • ブランシャールがr-gがマイナスであることを長期停滞の条件と定義しているようだが、自分はそのように定義しない。
    • 実質中立金利FRBは0.5%と見込んでいるが、それよりかなり高い可能性がある。ブランシャールはgを2%弱、rをそれより低いとしている。仮に実質中立金利が1.5%とするならば、金融危機後のパターンからは随分外れている。
    • 1950年代と60年代の大半もrがgを下回っていたが、当時は慢性的な需要不足を財政政策で埋めるべき長期停滞の期間とは思われていなかった。
  • 今後の中立金利の動向については、次のように考えられる。FRB金利を既に400ベーシスポイント以上引き上げ、予想インフレがこれ以上上がらず、むしろ下がるであろうこれからにおいて550ベーシスポイントまで引き上げると予想されている。にもかかわらず、経済は人々の予想ほど減速していない。これは人々のベイズ的な事前分布に以下の2つのいずれかの方向で影響する:
    1. 中立金利は思っていたよりも高い
      • 中立金利を押し上げた要因の一部は一時的なものかもしれないが、全部がそうと考える理由はない。
    2. IS曲線は思っていたよりも傾きが大きい
      • 即ち、需要の金利反応度は思っていたよりも小さい。その場合、貯蓄が減少、もしくは投資が増加したならば、それを相殺する金利の上昇は大きくなり、今後の中立金利が高いことを示すことになる。
  • リスクテイキングと貯蓄、投資の問題について考える際、リスク回避についてブランシャールは混乱しているように思われる。株式益利回りと金利の差は最低水準に下がっており、それ以外の株式のリスクプレミアムの実証的な推定値も極めて低くなっている。信用スプレッドや不動産のマルチプルも同様である。市場はリスク回避が低い形で行動しており、他の条件が等しければ、これは安全利子率が高いことを意味する。しかもこれらは短期ではなく長期の指標である。
  • ライフサイクルについてはチャールズ・グッドハートの考え*1が良いように思われる。平均寿命の上昇傾向は顕著に鈍化している。問題なのは平均寿命と退職年齢の差だが、米国で高齢者の労働参加率は有意に上昇傾向にある。その一方で、ライフサイクルにおいて重要な高齢者の非高齢者に対する比率、即ち貯蓄取り崩し者の貯蓄者に対する比率は、出生率の関係で今後顕著に上昇する。従って、ライフサイクルの観点から見た貯蓄の方向性は一意には決まらない。
  • 財政リスクをブランシャールは過小評価していると思われる。彼は債務GDP比率が今後10年で20%ポイント上昇するというCBO予測を引用しているが、その予測は今後も10年物金利が3%以下に留まり、FF金利が2.5%前後で定常状態にあることを仮定している。つまり、多くの点でそれは結論を仮定しているのである。仮に金利を3.5%とすると、債務GDP比率の118%は130%になる。また、2025年のトランプ減税撤廃は完全撤廃とは程遠い形で終わる可能性が非常に高いと自分は考えているが、その場合、債務GDP比率はさらに10%ポイント上昇する。さらに国防費の増額もある。冷戦のある場合と無い場合ではその差は簡単にGDPの3%に達するだろう。GDP比の歳出が1%上昇すると、債務GDP比は5-10%上昇する。従って、ブランシャールの言う債務GDP比率の20%の上昇が倍になることも想像に難くない。
  • 債務GDP比率が金利に与える影響については信頼できる計量経済的推定はないが、GDP比1%につき3ベーシスポイントというのは良い経験則のように思われる。すると金利は100ベーシスポイント上がることになる。そのほか、フローの財政赤字も同程度の影響を金利水準に及ぼすと考えられる。
  • 投資については、グリーン投資が増えるだろうし、グリーン投資が増えなければブラウン投資が増えるだろう。資本ストックにおける陳腐化したストックの割合は、経済が回復し、情報技術の更新の必要性があるために上昇していると思われる。従って、投資額が下がる可能性は低いと考える。
  • ブランシャールと自分が1943年にいたならば、第二次大戦後の長期停滞の復活を恐れただろう。当時の賢明なケインジアン経済学者は皆、長期停滞が戻ってくると確信していた。それは誤りだったが、その理由は、資産の積み上がりと、戦争中の習慣の変化が人々が思うより持続的だったことにある。


この後、両者は、最初のプレゼンで交わされた各テーマについて以下のように論じている。

  • 需要の反発力について
    • ブランシャールは、IS曲線の傾きが急になった、というサマーズの主張に対し、過剰貯蓄という特別要因によるもの、という主張を維持。
  • リスクプレミアムについて
    • ブランシャールは、リスクプレミアムもしくは流動性ディスカウントが小さくなったことを認めつつも、それが構造的なものか、それとも株式市場が金利上昇を完全に織り込んでいないせいかは不明、と論じる。
    • サマーズはそれに反発し、その点は両者の唯一の根本的な意見の違いだと言う。株式リスクプレミアムにしろ信用スプレッドにしろ低下傾向にあり、他の条件が等しければ金利はそれによって押し上げられる。従って今から金利がまた下がるはずはない、とサマーズは言う。
      • サマーズはそこで、ブランシャールのMITの同僚*2金利低下の説明として提唱する安全資産不足やリスクプレミアム変化の理論は説得力を欠く、とも述べている。
    • これに対しブランシャールは、金利がまた下がることを求めているのではなく、少し上昇する前の低水準に留まることを求めているのだ、と反論している。
      • サマーズのMITの同僚へのディスりに対してブランシャールは、その理論はMITに留まるものではない、と反論している。また、この議論は10年以上続いているので、サマーズが安全資産需要ではなく貯蓄=投資でこの件を捉える人間だということは承知している、とも述べている。
  • 投資について
    • ブランシャールは、投資について以下のように補足している。
      • 国防費の過去の推移(朝鮮戦争時にGDPの14%、アフガニスタン戦争時に7%、現在は3%)や、ウクライナで多くの戦車や戦闘機が必要になったという経験に鑑みて、それが地政学的環境が悪化した際に3%から5%に上がる可能性はある。
      • 現段階ではブラウンにしろグリーンにしろエネルギーへの投資は低い。ブラウンはいつまで存続が許されるか分からないし、グリーンはゲームの規則の不確実性が大きいためである。投資が本格的に始まれば中立金利を押し上げるだろうが、今はまだ投資の先行きの振れ幅が大きい。
    • サマーズは国防費について、税によって賄われるか否かで財政赤字が変わり、貯蓄水準が変わってくる、という点を指摘している。また、バイデン政権の税額控除について、政権の言うように1ドルにつき2-3ドルの追加的な刺激効果があるならば、相当額の投資が出てくることになる、という点も指摘している。


議論の後半では、グローバル化の影響や、インフレ目標の水準などについて論じられている。

*1:cf. 例えばこれのことか。

*2:おそらくそのうちの一人はカバレロのこと(cf. ここ)。