サマーズ対ブランシャール:今後の金利を巡る議論・その3

引き続きサマーズとブランシャールの対談からの議論の引用。一連の会話の中で両者は折に触れて基本的に意見が一致していることを強調しているが、それとは裏腹に、最初のエントリで触れたリスクプレミアムと金利を巡る議論で両者の考え方の違いが露わになったほか、今回紹介するインフレ目標引き上げを巡る議論でも両者の意見の違いがかなり尖鋭化している。

その議論は、インフレやインフレ目標の先行きとその長期停滞への影響について司会のポーゼンに問われたことから始まった。以下はそれに対する両者の回答ならびにその後の議論のざっくりしたまとめ。

【サマーズの回答】

●人々のインフレ予想の変化について
インフレが今後高くなると人々が考えた場合、名目金利やリスクプレミアムが高くなると考えるものの、実質的な影響はあまりないと考えるのではないか。そのことを長期停滞という言葉とどう関連付けたいのかが私には分からない。2018-19年に長期インフレをどのように見通していたにせよ、当時は起きると思われなかった高インフレの数年間を経たのだから、今後のインフレへの見方は範囲が広がっているだろう。学界の経済学者の半分――自分は含まれない――は、インフレ目標を正式に、もしくは事実上、3%に引き上げたいと考えているが、それによって実際にそうなる可能性が高まり、インフレも上昇する、と人々は考えるようになる。2%インフレ目標は、到達すべき上限から、長期で達成すべき平均に、そしてインフレの推移の底値において触れたい下限へと変移している。そうした推移のため、予想インフレは以前より高くなったと私は思う。
●サマーズ自身の今後のインフレと金利の予想
経済が本質的により硬直的になり、その硬直性のために動かないものが多くなったと思うなら、インフレを潤滑油や減摩財として使う理由が増える。コロナ禍前は、今後10年間インフレが2%を下回る期間が相当あると考えていたので、平均2%になると考えていた。今日では、私の予想インフレは2.5%ないしそれ以上で、その前提として4%か5%になるテールリスクがあると考える。そのテールリスクのため、2%を大きく下回る可能性は低いと考える。従って実質金利が1.5-2%ならば、2.5%のインフレと、幾ばくかのリスクおよびタームプレミアムを織り込んで、短期金利は平均4%、長期金利は従来のスプレッドが再び顕在化するとしてそれより100ベーシスポイント高くなるだろう。つまり、金利は4%から5%になると予測する。


【ブランシャールの回答】

●3%インフレ目標
サマーズの平均して2.5%というインフレ予測に同意。金利の4-5%という予測については、実質金利をどう見るかに関わってくるので、次の点を指摘しておきたい。即ち、過去の経緯が無ければ、インフレ目標を3%にするのは極めて理に適っており、それに反対できる経済学者はいないのではないか。インフレ目標が1%高ければ、他の条件が等しければ名目金利も1%高くなり、いざという時の金利引き下げ余地も1%多くなる。それは我々が実施したQEの効果に概ね相当する。つまり、誇張して言えば、1%余計に引き下げることができれば、QEをやらなくても済んだということだ。まあ、QEやその他の複雑な緩和策にもやるべき理由があったにせよ、インフレ目標を2%から3%に変えることのメリットは、金融政策の実行余地および物価面で大きい。ちなみに私はかつて4%目標を主張したこともあったが*1、それは高過ぎて、人々がそれを織り込むとFRBないし中銀一般の仕事を却って難しくするという結論に至った。なので、今は3%を主張する。
●3%インフレ目標導入の難しさ
ただ、FRBがこれを実施することには、インフレ抑制のスタンスへの信認が危うくなるというリスクがある。インフレ目標を3%まで引き上げるがそれ以上は引き上げない、と言っても信用されるのはかなり難しい。FRBは、一切引き上げることはない、と言うべきではないが、引き上げについて話すべきでもない。それが望ましい時期がいずれ来るかもしれない、と言うべきなのではないか。一方、自分のような責任を持たない外野はこの問題を論じることができるが、同時にFRBが今この問題を論じることについて強硬なスタンスで反対していることも理解している。これは規範的、記述的な話なのだ。
●インフレ低下時の議論の可能性
仮に1年後にインフレが3%まで下がった場合、FRBがそこで、経済を不況に陥れると言わないまでもさらに減速させてまでインフレを2%まで下げるか、という議論が生じるだろう。そこでFRBが、よし分かった、君の言う通り3%にしよう、と言ったとしても私は驚かない。あるいは2-3%の範囲、もしくはサマーズの言う2.5%にするかもしれない。そうしたことについて今から考えておく必要がある。


【ブランシャールの回答へのサマーズの反応】

  • ブランシャールと同じ立場には立てない。理由は以下の通り。
    • ブランシャールや他の多くの人々ほどに自分は、ゼロ金利下限を回避するための高インフレの効能に納得していない。
      • 実質金利を極めて低位ないしマイナスにすることの有効性をそれほど感じていない。投資刺激効果は限られるのではないか? 金利がー2%の時に実施しないが-3%の時に実施する企業の投資にさほど価値や社会的意義があるとは思われない。ゾンビ企業蔓延と金融バブル生成のリスクの方が大きいのではないか。
      • 従って、金融政策が唯一の安定化政策だと考え、それを使い倒せるようにしておこう、という考えは的外れのように自分には思われる。
    • 3%インフレだと一世代で物価は倍増する。その状態は物価の安定とは呼べない。
  • また、インフレが3%まで下がった段階で、このくらいが良さそうだからここに落ち着こう、ということになると、その後に経済は回復してインフレは少し上昇するだろう。すると結局、3%は下限になる。そうしたやり方は危ういので、2%は堅持し、2%に到達する速さに曖昧性を持たせるのが良いのではないか*2インフレ目標を引き上げるよりは、以前議論のあった機会主義的なディスインフレ*3の方が良いと思う。


【ブランシャールの応答】

  • IS曲線の傾きが急になったという点についてはサマーズに同意*4。従って金融政策は使いづらくなり、効果を出すためには多量に使わなければならなくなった。しかも不確実性が大きい。ということで、自分の近著におけるテーマの一つは、減速して政策金利がゼロになった経済では財政政策がもっと積極的な役割を演じるべき、ということだった。確かに1%は魔法の解決策ではなく、金利が文字通りゼロになる前に財政政策の積極的な活用を考えるべき。

*1:cf. 例えばここでリンクした論文。

*2:cf. ここで紹介したインタビューでもサマーズは同様の議論を展開している。

*3:例えばこの論文で提唱されているやり方のことか。

*4:cf. 最初のエントリでのサマーズの議論。