というNBER論文をタイラー・コーエンが「この種のマクロ経済理論は過小評価されている(This kind of macro theory is underrated)」というコメントを添えて紹介している(ungated版へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Demand Shocks as Technology Shocks」で、著者はYan Bai(ロチェスター大)、José-Víctor Ríos-Rull(ペンシルベニア大)、Kjetil Storesletten(ミネソタ大)。
以下は本文の冒頭。
In the standard neoclassical model, output is a function of inputs such as labor and capital. There is no explicit role for demand because potential consumers are always available and Walrasian prices adjust so that all produced goods become used. In reality, customers and producers must meet in order for the produced good to be consumed, so value added depends on how well they are matched. As an example, consider a restaurant. According to the neoclassical view, the value added of a restaurant should be a function of its inputs (employees, tables, etc.), irrespective of the number of patrons and how hungry they are. Moreover, the restaurant owner would set prices so that all tables were in use. However, actual production takes place only when customers show up. The more customers demand the restaurant’s meals, the larger the value added will be. The idea that the demand for goods plays a direct role extends to many forms of production: dentists need patients, car dealers need shoppers, all producers need buyers.
This paper provides a theory where search for goods —which we, with some abuse of terminology, refer to as demand— has a productive role. The starting point is that customers search for producers, and a standard matching friction prevents Walrasian market clearing in the sense that all potential productive capacity necessarily translates into actual value added. Allowing an explicit role for demand has implications for business cycle analysis, especially for our understanding of the driving forces of business cycles. In our model, changes in search effort affect output even if conventional inputs remain constant. Demand shocks therefore influence the measured aggregate TFP. This paper quantifies how important this mechanism is for aggregate fluctuations, relative to more standard business-cycle shocks.
(拙訳)
標準的な新古典派モデルでは、生産は労働と資本といった投入の関数となる。そこでは需要には明示的な役割は無い。というのは、潜在的な消費者は常に利用可能であり、ワルラス的な価格がすべての生産物が使われるように調整するからである。実際には、生産物が消費されるためには顧客と生産者が出会う必要があるため、付加価値は彼らがどれだけ上手くマッチングされるかに左右される。例えばレストランを考えてみよう。新古典派の見解では、レストランの付加価値は、顧客の人数と彼らがどの程度空腹かに関係なく、レストランの投入(従業員、テーブル、等々)の関数となるはずである。またレストランのオーナーは、テーブルが全て埋まるように価格を設定するはずである。しかし実際の生産は顧客が姿を見せた場合のみ行われる。レストランの食事を所望する顧客が多いほど、付加価値は大きくなるだろう。財への需要が直接的な役割を演じるという考えは、生産の多くの形態に拡張できる。歯科医は患者を必要とし、自動車ディーラーは購買客を必要とし、すべての生産者は買い手を必要としているのである。
本稿は、財のサーチ――ここでは用語を幾分誤用して需要と呼ぶ――が生産的な役割を持つ理論を提示する。出発点は顧客が生産者を探し求めることで、標準的なマッチング摩擦が、全ての潜在的な生産能力が必ず実際の付加価値に転じるという意味でのワルラス的な市場清算を妨げる。需要に明示的な役割を持たせることは景気循環分析にとって重要な意味を持ち、特に景気循環の要因となる力を理解する上ではそうである。我々のモデルでは、サーチする努力の変化は、通常の投入が一定のままの場合でさえ、生産に影響する。従って需要ショックは測定されるマクロのTFPに影響する。本稿はこのメカニズムが、より標準的な景気循環ショックと比べてマクロの変動にとってどれほど重要かを定量化する。
結論部では、
Our paper is consistent with Keynes’ idea that consumer demand can have real effects. We show that this holds true even in a neoclassical model with flexible prices, amended with a product market matching friction.
(拙訳)
我々の論文は、消費者需要が実体経済に影響を及ぼし得る、というケインズの考えと整合的である。我々は、生産物市場のマッチング摩擦で補正した、価格が伸縮的な新古典派モデルでもそのことが成立することを示した。
と自分たちの研究をケインズに関連付けている。
メニューコスト理論では供給者側の摩擦で価格に硬直性が生じ経済がケインズ的な性格を持つようになることを示したが、この論文では価格の伸縮性はそのままにして需要者側の摩擦でケインズ的な性格が生じることを示したのが新しいと言えそうである。
ここで紹介した白川氏の論考のように、長期的には経済は供給要因だけで決まる、という考えは依然として根強いが、ここで紹介したサマーズの履歴効果やプラッキング効果を基にした考察ではそうした考えを否定しており、需要を維持して不況を最小化することが長期的にも重要である、としている。ただ、サマーズの挙げた履歴効果やプラッキング効果がマクロ的な話であるのに対し、今回の研究はミクロ的な要因からTFPに需要が影響することを示しており、需要が経済のファンダメンタルズに及ぼす影響にミクロ的な基礎付けを与えているとも言えそうである。この摩擦低減に金融財政政策が効果を発揮するのか、それとも他の手段がより効果的なことが示されるのか、今後の研究で解明されるのを期待したいところである*1。