低金利時代の政府債務と資本蓄積

というNBER論文(原題は「Government Debt and Capital Accumulation in an Era of Low Interest Rates」)をマンキューが上げている(先行して自ブログでungated版にリンクしている)。

論文ではまず、実質金利の定常状態の式から、金利の低下トレンドを以下のように定量的に説明している。

  • ソローモデルではコブ=ダグラス生産関数を用いて定常状態の実質金利
      r = α(n+g+δ)/s - δ
    と表される*1。ここでαは生産関数の資本の指数、nは人口の伸び率、gは労働増大的技術進歩率、δは減耗率、sは総貯蓄率。
  • 上式をsで微分すると、
      𝜕r/𝜕s = -α(n+g+δ)/s^2
    となる。これにマンキューがカリブレートしたα = 1/3、n = 0.01、g = 0.02、δ = 0.05、s = 0.24を当てはめると、
      𝜕r/𝜕s ≈ − (1/3) *(.01 + .02 + .05)/.24^2 = − 0.46
    という結果が得られる。即ち、貯蓄率が1%ポイント上がると定常状態の実質金利は46ベーシスポイント下がる。
  • 世界の貯蓄率は1975-2020年の期間の前半は平均して22.2%だったが、後半は25.1%になっている。貯蓄率の2.9%ポイントの上昇は実質金利低下のおよそ133ベーシスポイントを説明できる。
  • より重要なのは、ソローモデルでn+gと表された成長率の低下である。これは人口成長率と生産性成長率の両方が低下したためだが、
      𝜕r/𝜕(n+g) = α/s
    で、これに上述のマンキューがカリブレートした数字を当てはめると、1.39となる。即ち、成長率が1%ポイント下がると定常状態の実質金利は139ベーシスポイント下がる。
  • 直近30年の世界のGDP成長率は年平均2.8%だったが、その前の30年は4.1%だった。成長率の1.3%ポイントの低下は実質金利低下のおよそ181ベーシスポイントを説明できる。
  • 以上から、教科書的なソローモデルにより、実質金利の3%ポイント以上の低下が説明できる。これは実際の低下に概ね符合しており、金利の低下が謎ではないことが分かる。


この後の論旨の展開は概ね以下の通り。

  • ソローモデルの近しい従弟とでも言うべきダイアモンドの世代重複モデルでは、貯蓄率を内生化しているが、それによると実質金利が成長率より低い場合は動学的非効率な定常状態である。この時に政府は、債務を発行して恒久的に金利もろともロールオーバーするポンツィスキームを実施することで、厚生を改善できる*2
  • ただ、最初の式にカリブレートした値を入れて金利の水準を見ると、
      r = α(n+g+δ)/s - δ ≈ 1/3*(. 01 + .02 + .05)/. 24 − .05 = . 061
    となる。即ち、6%を超える値となり、カリブレート値をいろいろ調整しても今の長期インフレ債のゼロ以下の金利にはならない。これは、モデルに欠落があることを示している。その欠落とは、リスクと市場支配力である。
  • リスクについては、実質金利が低下した時期にPERも上昇していた(=危険資産の収益率も低下していた)ので、水準の違いの要因になっていたとしても、実質金利の低下の主要因にはなっていないとマンキューは考える。
  • 動学的効率性、資本蓄積、不確実性下での政府債務に関するこれまでの研究結果をまとめると以下の通り*3
    1. 経済の安全利子率と平均成長率の比較からは動学的効率性について何も言えない。不確実性はリスクプレミアムを生み、安全利子率を押し下げる*4
    2. 不確実性のある経済での資本蓄積の効率性の判断はより困難ではあるが不可能ではない。アーベル=サマーズ=ゼックハウザー=マンキュー(Abel, Summers, Zeckhauser, Mankiw*5)では、資本が稼ぐキャッシュフローが設備投資に用いられるキャッシュフローを常に上回るならば、経済は効率的である、という不確実性のある世代重複モデルにおける基準を提示した。この基準は実際の経済で満たされているようである。
    3. 動学的効率的な経済の政府が、安全利子率が経済の平均成長率を十分に下回っているのを見て、債務を大量に発行して恒久的にロールオーバーするというポンツィスキームを試みるならば、それはギャンブルである。そうした政策は成功するかもしれないが、失敗の可能性もある。そして失敗した場合の惨状は目も当てられないことになる*6
    4. 過剰資本を蓄積していないという点で経済が動学的効率的だったとしても、世代間のリスクシェアリングで厚生が改善する可能性がある*7。これから生まれる世代は自分が良い時に生まれるか悪い時に生まれるか分からないので、他の世代とリスクを共有したいと思うだろう。そうした世代間のリスクシェアリングは上手く設計された財政政策で達成できるが、債務政策との関連はマンキュー自身はまだ良く分かっていない*8
  • 市場支配力がある場合も、金利は資本の限界生産力以下に低下し得る。その場合、製品の販売価格は限界費用マークアップを乗じたもの(P = μMC)となる。限界費用は資本コストを資本の限界生産力で割ったものなので(MC = (r+δ)P/MPK)、実質金利は以下のように表される。
      r = MPK/μ - δ
    即ち、確実性の下でも市場支配力によって金利は資本の限界生産力以下に低下し得る。ボール=マンキュー(2021)*9はその低下の程度を4%ポイントと推計している。
  • ソローモデルの定常状態の金利の式に市場支配力を織り込むと
      r = α(n+g+δ)/(μs) - δ
    となる。これをμで微分すると
      𝜕r/𝜕μ = -α(n+g+δ)/(μ^2s)
    となる。これにマンキューがカリブレートした値(μは1.2とする)を当てはめると、
      𝜕r/𝜕μ ≈ − (1/3) *(.01 + .02 + .05)/{(1.2^2)(.24)} = − 0.08
    という結果が得られる。即ち、マークアップ率が1%ポイント上がると定常状態の実質金利は8ベーシスポイント下がる。マークアップ率が20%という研究結果を適用すれば、実質金利の低下は160ベーシスポイントとなる。
  • ボールとの論文が示したように、市場支配力による金利の低下は政府の恒久的な債務のロールオーバーを容易にする。しかし、競争経済と異なり、市場支配力のある経済でのポンツィスキームの成功は厚生を低下させる可能性がある。政府債務が資本をクラウドアウトする場合、資本ストックの減少による生産損失は、実質金利で決まるのではなく、それよりも高い資本の限界生産力で決まるからである。高水準の政府債務が財政の維持可能性という観点からは問題ないとしても、定常状態の労働生産性、実質賃金、総消費を低下させることがあり得る。

*1:導出については例えばこちらの日本語論文参照。

*2:cf. ここ

*3:オリビエ・ブランシャールの2019年のAEA会長講演(cf. ここ)がこの問題に関する人々の関心を改めて掻き立てた、とマンキューは書いている。

*4:cf. ここ

*5:これ

*6:cf. 1年前のマンキューの論考とそれについての小生の考察。なお、マンキューは注釈でMian=Straub=Sufi論文を引き、ポンツィスキームを成功させるためには発行する債務が小さくなくてはならないとしているが、ここで紹介したように、同論文は日本と米国でかなり異なる結果を示している。

*7:cf. ボール=マンキュー(Ball and Mankiw、2007)

*8:これに関する最近の研究としてマンキューは注釈でBrumm, Feng, Kotlikoff, and Kubler (2021)を挙げている(cf. 同じ著者たちが同時に上げた別のNBER論文の本ブログでの紹介)。

*9:cf. ここ