デルタ・シュトラウシアニズムの誘惑

アストラゼネカの開発責任者だったアンドリュー・ポラード・オックスフォード大学教授が集団免疫の可能性を否定した、というニュースが話題になったが、シドニー・モーニング・ヘラルド紙が「AstraZeneca lead scientist says Delta makes mass testing pointless in UK(アストラゼネカの責任者である科学者はデルタ株によって英国の大規模検査は意味が無くなった、と述べた)」というタイトルを付けて転載した10日付のSarah Knaptonによるテレグラフ記事(H/T タイラー・コーエン14日付MRブログエントリ)によると、ポラード教授は同時に一種の検査抑制論を唱えたようである。以下は同記事からの引用。

Speaking to the all-party parliamentary group on coronavirus, Sir Andrew said: “Anyone who is still unvaccinated will, at some point, meet the virus.
“We don’t have anything that will stop transmission, so I think we are in a situation where herd immunity is not a possibility, and I suspect the virus will throw up a new variant that is even better at infecting vaccinated individuals.”
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On Tuesday, Sajid Javid, the Health Secretary, confirmed that third dose booster shots would be given from next month. However, Pollard argued that Britain could be continually vaccinating the population for no real health benefit if mass testing continued.
“I think as we look at the adult population going forward, if we continue to chase community testing and are worried about those results, we’re going to end up in a situation where we’re constantly boosting to try and deal with something which is not manageable,” he said.
“It needs to be moving to clinically driven testing in which people are willing to get tested and treated and managed, rather than lots of community testing. If someone is unwell, they should be tested, but for their contacts, if they’re not unwell, then it makes sense for them to be in school and being educated.”
(拙訳)
コロナウイルスに関する超党派の議会グループを前に、アンドリュー卿は次のように述べた。「ワクチン未接種の人はいずれはウイルスに罹患するだろう。
「我々には感染を止める術は無いので、集団免疫の可能性が消えた状況に我々はいる、と私は思う。ワクチン接種済みの人に感染する力がより強い新たな変異株もこれから出てくるのではないか。」
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火曜日にサジド・ジャヴィド保健相は、来月からブースター接種を行うことを確認した。しかしポラードは、大規模検査を継続した場合、公衆衛生上の実質的な便益が無いまま人々にワクチンを打ち続けることになるかもしれない、と論じた。
「この先の成人の動向を考えた場合、地域社会での検査を継続してその結果を憂うならば、制御できないものを制御しようとしてブースター接種を打ち続ける状況に陥りかねない。」と彼は述べた。
「地域検査をひたすら行うのではなく、望む人が検査と治療と管理を受ける臨床ベースの検査に移行するべきだ。体調が悪い人は検査を受けるべきだが、その接触者は、体調が悪いのでなければ、学校に行って教育を受けるのが理に適っている。」

コーエンはこうした姿勢をデルタ・シュトラウシアンと呼んでいる*1こちらの11日付MRブログエントリでリンクしているブルームバーグ論説記事では、そう名付けた理由を以下のように説明している*2

There is the hyper-careful view found in “blue” locales such as San Francisco, there is Covid denialism (most prominent in the South), and now a third attitudinal alternative is emerging — what I call delta Straussianism, after the 20th-century political theorist Leo Strauss. Invoking Plato’s idea of the “noble lie,” Strauss had argued more broadly that polities could not look all social truths squarely in the eye: The “noble lie” in this instance is that it is better not to obsess too much over case numbers. Proponents of this attitude — let’s call them delta Straussians — simply proceed with their lives and business and hope for the best.
The delta Straussians also don’t want to debate safety claims very much. They fear that studying the data more closely will worry and paralyze us more, without much limiting the overall number of infections. In their view, vaccines have made things about as safe as they are going to get, and the contagiousness of delta will create lots of infections, albeit mostly relatively safe ones.
(拙訳)
サンフランシスコのような「民主党系」の地域で見られる非常に慎重な考え方がある一方で、(特に南部で顕著な)コロナ否定論があるが、今や第三の姿勢が現れつつある。それを私は20世紀の政治理論家レオ・シュトラウスにちなんでデルタ・シュトラウシアニズムと呼んでいる。プラトンの「高貴な嘘」の考えを基に、シュトラウスは話をより一般化して、政治はすべての社会的真実を真正面から捉えることはできない、と論じた。今の場合の「高貴な嘘」は、感染者数にあまりこだわらない方が良い、ということである。この姿勢の支持者――デルタ・シュトラウシアンと呼ぼう――はとにかく生活と仕事を前に進めて、最善の結果になることを願う。
デルタ・シュトラウシアンはまた、安全性の話をあまり議論したがらない。データをもっと注意深く検討すると、感染者総数を大して抑えることもできないのに我々はますます心配で動けなくなるのではないか、と彼らは懸念する。彼らの見方では、ワクチンは安全性を可能な範囲で最大限高めており、感染力の高さによってデルタ株は多くの感染者を出すだろうが、感染の大部分は比較的安全なものにとどまる。

コーエン自身はデルタ・シュトラウシアンではなく、日々新たなデータを追いかけており*3、政府もすべての真実を捉えるべきであって変異株の追跡に失敗したのは弁解の余地が無いと考えている、との由。ただ、人々がデルタ・シュトラウシアン的な姿勢を取ることには理解を示しており、その考えの広がりは悲しむべきことではない、とも述べている。

一方、同じ11日付の「Covid dispatch from a relatively non-Straussian country(比較的シュトラウシアンでない国のコロナ処理)」と題した後続エントリでコーエンは、タイムズ・オブ・イスラエルの記事を引用している。彼が引いているイスラエル保健相諮問委員会のタル・ブロシュ医師の見解では、大部分の国民が感染するのは避けられないが、ベングリオン空港を閉鎖することにあまり意味はなく、むしろそれは国内の疾病率という主要問題から注意を逸らすことになる、との由。コーエンは米国の主流派の専門家がそうした問題に未だ取り組んでいないことに非難めいた言葉を連ねている。

*1:この記事へのリンクに「A high-placed Delta Straussian(高位のデルタ・シュトラウシアン)」という言葉を添えている。

*2:ここで紹介した定義とは少し違うようである。

*3:後続エントリの追記では英国の成人の90-94%がワクチンもしくは以前の感染から何らかの免疫を得ている、というWSJ記事を紹介している。ちなみにこちらこちらのエントリでコーエンは、世界で最も接種が進んでいるにもかかわらず感染が広がったアイスランドの状況を紹介している。