世界的なコロナワクチン接種プログラムが全死因死亡に与えた影響

というNBER論文が上がっている(H/T タイラー・コーエン)。原題は「The Impact of the Global COVID-19 Vaccination Campaign on All-Cause Mortality」で、著者はVirat Agrawal(南カリフォルニア大)、Neeraj Sood(同)、Christopher M. Whaley(ブラウン大)。
結論部ではおおよそ以下のことが述べられている。

  • 臨床試験ではコロナワクチンが安全で有効であることが示されたが、現実世界で世界的なコロナワクチン接種プログラムが全死因死亡に与えた効果は良く分かっていない。本研究はそのギャップを埋めるため、以下の3つの点を調べた。
    1. 世界的なコロナワクチン接種プログラムの最初の8か月で、コロナワクチンは全死因死亡率を防ぐのに有意な効果を発揮した。
      • 推計によれば、141か国での接種プログラムで、2021年1月から8月までのおよそ236万の超過死亡が回避された。
      • 国や地域ごとの統計的生命価値(VSL)の推計値を用いたところ、その死亡率減少の価値は6.5兆ドルとなった。これは141か国のGDP合計のおよそ9%に相当する。
    2. ワクチンの限界便益逓減とコロナワクチンの世界的な分配の不平等に鑑みて*1、ワクチンが週次で人口に比例して供給されるという分配が平等だった場合の反実仮想の効果を推計したところ、約67万の生命が救われていたであろうことを見い出した。
      • ただし、回避された死亡の価値は1.8兆ドル減少する。これは、ワクチンが高所得国から低所得国に再配分されると仮定しているため*2
    3. 実証モデルで対象とした43か国において、接種プログラムは114万の生命を救った。これは、ワクチン無しのシナリオと比較して超過死亡の26%の減少となる。
      • この26%の減少は、臨床試験によるワクチンの効果の結果と整合的である。臨床試験に基づく研究や一国のワクチン接種データによると、接種によって感染時の入院・死亡率が80-90%減少する。この数字と、最初の8か月に感染した人口の割合、および、感染・非感染を問わない全死因死亡率を組み合わせると、23-26%という数字が得られる。
  • この研究は以下の点で限界がある。
    1. エコノミスト超過死亡モデル*3は43か国について完全な週次の超過死亡データを提供しているため、接種プログラムの影響を141か国について推計したものの、週次接種率が週次超過死亡率に与える影響を推計する実証モデルでは43か国のみを利用した。特に、信頼データできるデータの欠落のため中国を対象にしていない。
    2. ワクチンの展開に時差があったことを利用した疑似実験手法に頼っている。
      • ワクチンなかりせばの反実仮想シナリオにおいて、各国がコロナワクチン接種プログラムを導入しなかった場合の死亡は観測できないので、それらの死亡の予測については、国ごとの2次曲線の時間トレンドや、イベントスタディ手法を用いている。しかしその予測が正確かどうかは検証できず、観測できない要因による交絡のために推計値が偏っている可能性がある。
        • ただし、イベントスタディと国ごとの2次曲線の時間トレンドの両者で同様の結果を得ており、研究結果が、相異なるモデルに内在する識別のための仮定に敏感ではないことが示唆されている。
    3. 各国で接種されたワクチンの種類の違いについては考慮していない。
  • 以上の限界にもかかわらず、本研究は世界的なワクチン接種プログラムの便益に関する研究に寄与する。
    • 全死因死亡への影響について推計した研究はおそらく初めて。
    • ワクチン接種や治療という形の医薬的措置が、外出禁止政策などの非医薬的措置(NPI)よりも効果が大きいことを数字で示した。
    • 世界的な公衆衛生の危機時における「基本的医薬」の最も効果的な配布戦略の研究に資する。
      • ただし、救う生命の数と経済的価値のどちらを最大化するか、という問題は残る。

以下は2021年8月までに完全にワクチン接種されていた人口比率の図。

以下は平等配布の反実仮想と現実の比較図。

推計結果をまとめた論文の表A3から日米および合計の数字を抜き出すと以下の通り。

人口 2021年8月時点の完全接種割合(%) VSL(百万ドル) 回避された超過死亡 救われた生命価値(百万ドル) 平等分配時の回避された超過死亡 平等分配時の救われた生命価値(百万ドル)
日本 125849000 46.04 4.60 54828 252207 72483 333424
米国 335275000 53.31 7.20 429486 3092298 193103 1390344
141か国合計 5,253,202,000 2,356,320 6,503,494 3,025,610 4,690,516

日本でワクチンにより回避された超過死亡はおよそ5.5万人で、人口比例で平等に配布されていたらさらに1.7万人以上が救われていたことになる。一方、米国では約43万人の超過死亡が回避されていたのが、平等配布では19万人強と実際の半分以下しか回避できなかったことになる。

*1:本文では「First, vaccine distribution under the current market-based approach has been inequitable, with high-income countries having more immediate access compared to low and middle-income countries (Katz et al. 2021; Hyder et al. 2021; UN News 2021), despite efforts by the WHO, UNICEF and GAVI to accelerate vaccine distribution in low income countries through the COVAX initiative (Time 2021). We find that high-income countries were quicker to launch their vaccination campaigns (Appendix Figure A3) and were also able to fully vaccinate a larger share of their population by August 2021 (Appendix Figures A4 and A5). Second, our regression findings indicate that the marginal benefit of vaccines decreases as the share of population that is fully vaccinated increases. As a result, we expect that the total benefit of COVID-19 vaccination campaign in averting deaths would likely have been larger if more vaccines had been provided to countries with a smaller share of fully vaccinated population. 」と記述されている。

*2:本文では「Importantly, in this equitable distribution scenario, the overall global vaccine supply per week does not change; the only change is how the existing vaccine supply is distributed among countries.」と断っている。

*3:cf. Tracking covid-19 excess deaths across countries