AEAのコロナ対策は過剰か?

という点を巡ってタイラー・コーエンとJoshua Gansが論争を繰り広げている。

きっかけは、来年初に開催されるAEA(米国経済学会)大会について、参加者のワクチンおよびブースター接種と、屋内コンファレンスでのKN-95以上の高品質のマスク着用の通達が出されたこと。これにタイラー・コーエンが反発し、アーリントン郡の公共図書館でさえもっとましな規制をしているというのに、AEAでは誰も費用便益分析をやっていないのか、この件は会員の投票にかけるべきではないか、と書いた。

これについてGansがsubstackで以下の3点を指摘し、AEAの方針は合理的である、と指摘した(ここでGansは、AEAの方針として、コーエンが問題にした前述の通達のほか、旅行前の検査の推奨と、健康に問題のある登壇者についてリモート参加を認めたことも対象にしている)。

  1. KN-95以上のマスクを指定しており、パフォーマンスではなく感染を本当に防ぐことを狙っている。
  2. 飛行機に乗る前の検査は良いこと。
  3. 登壇者の健康にも関心を払っている。

その上でコーエンの批判を取り上げ、以下のような反論を行っている。

  • 7月にサンディエゴで開催されたコミコンでもマスク着用が義務化されていた。
  • AEA大会運営の方針決定は選挙で選ばれたリーダーの裁量の範囲内であり、逐一投票にかける筋合いのものではない。
  • コロナ禍はクリスマス後にまたピークを迎えると予想される一方、ブースター接種の効果は衰えている可能性が高い。AEA大会が集団感染を引き起こす可能性は不明ではあるものの、1割以上あるかもしれない。従ってリスクを考慮することは非科学的とは言えない。コロナ以外にインフルエンザもあることであるし、KN-95マスク着用義務は言語道断とは言い難く、科学に従った分別ある対策に矛盾するものではない。
  • 代替策としては入場時の検査が考えられ、個人的にはそれが望ましいと思うが、参加者が2万人に上り、会場が複数ホテルに分散していることを考えると実現は容易ではない。マスク着用を目視する方が容易。

ただ、Gansもワクチンの義務化の効果は疑問視している。というのは昨年は感染拡大を防ぐ効果があったかもしれないが、今年はその効果は乏しいとみられるからである。重症化を防ぐ効果はあるかもしれないが、それは自分の病気のリスクを下げるという個人の決断に属する話であり、他者の感染リスクを下げるという社会的な決断に属する話ではない、とGansは指摘している。

これに対するコーエンの反論は概ね以下の通り。

  • Gansの反例は一つだけであり、それはAEAよりもさらに弱く主観的なものである。自分の通う病院でさえそんな通達は出さない。しかも直近のコミコンではもうマスク着用を義務化していない。
  • Gansは政府の通達を引き合いに出すこともできないだろう。例外は規制に関するブリスベンの会合*1に関する豪政府の方針か、あるいは中国共産党くらいではないか。
  • Gansはツイッターで自分(コーエン)のことを「泣き言を言っている」と評したが、腹を立てた、と言った方が正しい。いずれにしろ、議論を広めてくれたことは歓迎。多くの人が知ればAEAの方針は存続できなくなると思うので。
  • Gansはまた、十分に良いマスクを着用すれば誰でも十分に安全になる、ということを考慮していない。外部性を自分で内部化できるのである! コペンハーゲンチューリッヒのように市民の面倒を見ていないことで有名な都市をGansは訪れてみるべき。
  • Gans以外の読者向けの話として、自分が時間が経過するにつれてコロナ規制を弱めることを支持していることに分析上の矛盾はない。ワクチン接種した人、コロナに感染した人、優れた民間のマスクを着用できる人が増え、かつ、Paxlovidのような治療薬が開発されたので、規制は全般に緩和されるべき。それを理解していない人は、コロナ対策のための規制の根拠をそもそも理解していない。

*1:これのことか。