CAPMが経済学について教えてくれること

クリス・ディローが、最近の経済学論議(cf. ここ)に対する一つの切り口として、ファイナンス理論におけるCAPM引き合いに出している。ディローに言わせれば、効率的市場仮説が実証的な観察結果(株価はランダムに動くように見える、市場に勝てる人はなかなかいない)に基づいているのに対し、CAPMは理論だけに基づいており、実証的には否定されたという。
このことからディローは、以下の4つの教訓を引き出している。

  • 主流派と異端派の区別はあまり意味がない。「主流派」であるCAPMに対する最初の反証は、「主流派」経済学者から出された。
  • CAPMのような悪しき理論*1は、競合する理論によってではなく、事実によって打破される。
    • CAPMの代替となったのは行動ファイナンスだが、行動ファイナンスが信頼を勝ち得たのは仮定の尤もらしさによってではなく、そちらにより適合する事実の存在だった(例:モメンタム効果は、投資家のニュースへの過小反応が一因と考えられる)。
  • Jason Smithは、主流派も異端派も実証データを見ておらず、正確な予測をしていない、と述べたが、このケースではそれは誤り。資産価格については膨大な実証研究が積み重ねられており、モメンタムと低ベータ効果は再現性危機を生き延びた。従って、モメンタム株と低ベータ株のパフォーマンスが良い、という正確な予測が出せている。
  • この話は、単一の統一理論からの後退を意味する。実証結果は、エレガントで節約的な理論(CAPM)を打ち砕き、我々の手元には幾つかの堅固な事実と、それを説明する幾つかの機構が残された。それは進歩ではあったが、大理論から遠ざかり、混乱した現実に近付くものであった。経済学の他の分野でも進歩というのは同様ではないか*2

*1:cf. ここで紹介したエントリでディローは、CAPMを「悪しき良い理論」に分類している。

*2:cf. ここで紹介したアセモグル=ロビンソンとサックスの論争。