というNBER論文をスタンボーらが上げている。原題は「Pricing Without Mispricing」で、著者はJianan Liu(香港大)、Tobias J. Moskowitz(イェール大)、Robert F. Stambaugh(ペンシルベニア大)。
以下はその要旨。
We offer a novel test of whether an asset pricing model describes expected returns in the absence of mispricing. Our test assumes such a model assigns zero alpha to investment strategies using decade-old information. The CAPM satisfies this condition, but prominent multifactor models do not. While multifactor betas help capture current expected returns on mispriced stocks, persistence in those betas distorts the stocks' implied expected returns after prices correct. These results are most evident in large-cap stocks, whose multifactor betas are the most persistent. Hence, prominent multifactor models distort expected returns, absent mispricing, for even the largest, most liquid stocks.
(拙訳)
我々は、ミスプライシングが存在しないときに資産価格モデルが期待収益を説明するか否かについて、新たな検証法を提示する。我々の検証法では、そうしたモデルは10年前の情報を用いる投資戦略にゼロアルファを割り当てると仮定する。CAPMはこの条件を満たすが、著名なマルチファクターモデルは満たさない。マルチファクターのベータはミスプライシングが生じている株式の現在の期待収益を捉える手助けとなるが、そうしたベータの持続性は、それらの株式の株価が修正された後の内在的な期待収益を歪めてしまう。以上の結果は、時価総額の大きな株式において最も顕著である。それらの株式のマルチファクターのベータは最も持続的であった。従って、著名なマルチファクターモデルは、ミスプライシング抜きでは、時価総額が最も大きく流動性が最も高い株式についてさえ期待収益を歪めてしまう。
スタンボーのミスプライシングの初期のNBER論文はここ参照。これに関するデロングとノアピニオン氏の「論争」はここ参照。
少し解説を加えておくと、一昨年に中原賞を受賞した有名経済学者でさえ未だに勘違いしているが、現代の効率的市場仮説は「非確率的な要素は瞬時に株価に織り込まれるので、将来の価格には純粋に確率的な要素しかない」というものではない。現代の効率的市場仮説は、以前のエントリで訳したファーマの言から引用すると、
現時点で利用可能な情報では均衡期待リターンからの逸脱は予測できない、ということである。しかし、均衡期待リターンは時間を追って予測可能な形で変化し得る。その場合、価格変化が完全にランダムになるとは限らない。
そして
ほとんどすべての資産価格モデルは市場が効率的であることを前提にしている。従って、ある研究者が資産価格モデルの検証について語り、別の研究者が市場の効率性の検証について語っていたとしても、どちらも、均衡におけるリスクの価格付けと市場の効率性に関する命題を同時に検証することになる。その二つの概念は決して切り離すことができない。
今回の論文の要旨で言及されているCAPMやマルチファクターモデルは、まさにそうした資産価格モデルであり、この論文はまさに資産価格モデルの検証について語っているのである。そうした検証では通常、モデルの定数項、即ちアルファがゼロであるかどうかを検証する。アルファがゼロでなければ、モデルで説明し切れない超過リターンが存在することになり、そのモデルでは市場の効率性が検証できていないことになる。言い換えれば、市場の効率性が正しいとすれば、そのモデルは市場を正しく表してはいない。
なお、もし、アルファがゼロの「正しい」モデルを手に入れたならば、そのモデルでリスク調整した期待収益はすべて等しくなる。一般に市場に勝つことはできない、というのは、効率的市場仮説ではその点を指す。即ち、頑張ってポートフォリオを組んでも、リスク調整済みリターンで市場に勝つことはできない。しかし、その場合でも、市場よりリスクを取れば、絶対リターンで市場に勝つことはできる。2015/9/22エントリで紹介した「論争」でデロングがケチをつけているのは、その場合のリスクの取り方と期待効用理論との関係を今のファイナンス研究では疎かにしているのでは、ということである。これに対しノアピニオン氏は、スタンボーらのミスプライシングファクターはミクロ的基礎付けの試みになっている、と指摘している。
今回の論文は、ungated版が見つからなかったので確言はできないが、要旨から察するに、古い情報を使って現在のミスプライシングの要因を排除した投資戦略でモデルの有効性を見よう、というもののように思われる。CAPMはその検証でも大丈夫だったが、「著名なマルチファクターモデル」は駄目だった、ということのようである。即ち、「著名なマルチファクターモデル」は、現時点の情報を使うとアルファがゼロになっているように思われるが、実はミスプライシングがファクターの係数(ベータ)に紛れ込んでおり、それを除くとアルファはゼロではない、ということかと思われる。