ryozo18さんがジェレミー・シーゲルの面白い問題提起を紹介されている。
シーゲルの問題提起を簡単に言うと、あるポートフォリオ(この場合S&P500というインデックスポートフォリオ)のPERを計算する際、現在S&P社は
のように計算しているが(ただしViは銘柄iの時価総額、Eiは銘柄iの利益)、
のように分母分子を時価総額でウエイト付けすべきではないか、というもの。これによって、AIGのようになりは小さいが(=時価総額は小さいが)損失がでかい銘柄が、集計値としてのPERに上方バイアスを掛ける効果が抑止できる、というのが彼の主張である。
なるほど、とも思うが、ただ実は、現在のS&P社の計算式も、PERの加重平均になっている。そのことは以下のように式変形をしてみれば分かる(以降はΣの添え字のiは省略)。
つまり、個別銘柄のPERを、利益で加重平均した形になっている。
ちなみにシーゲルのPERを同様に変形してみると、
つまり、個別銘柄のPERを、利益と時価総額の積で加重平均した形になっている。これをさらに変形すると
となり、PER自身と利益の二乗の積で加重平均したもの、と見ることもできる。いずれにせよ、元のS&P社の式に比べ、加重平均のウエイトの意味が分かりづらいものになっている(レトリックを使わせてもらうならば、加重加重平均のような形になっている)。
もし利益が大きなマイナスの銘柄が問題なのであれば、このような意味の取りにくい式を使うよりは、単純に利益がプラスの銘柄に限定して集計するか、あるいは以下のように利益の代わりに時価総額でPERを加重平均すれば良いのではないか、という気がする。
また、シーゲルは、S&P社の「S&P500とは500の事業部門を持った一つの会社とみなすということだ」という説明を、「ある会社の損失は、別の会社の損失を打ち消したりしない。エクソン・モービルの株主はAIGの損失からなんの影響も受けない」としてはねつけている*1。確かにそれはそうだが、今ここで計算しようとしているのはエクソン・モービルの株主のポートフォリオのPERではなく、S&P500のマーケット・ポートフォリオのPERである。
たとえていうならば、ソニーのエレクトロニクス部門が莫大な損失を蒙り、映画部門が利益を上げた場合、映画部門のトラッキングストック(があるとすれば)の株主にはエレクトロニクス部門の損失なんか関係ないよ、と言えるかもしれない。しかしソニーの株主は両部門の損益両方から影響を受ける。その場合、ソニーのPERを計算するならば、分母として両部門を単純に合計した利益を使うだろう。S&P社の方法は、500社を一つの連結決算会社と見なして計算するわけなので、本質的にそれと同じであり、シーゲルの反論はあまり意味をなしているように思えない。
なお、シーゲルは、ロバート・シラーの私信の以下の言葉も援用してS&P社の方法を批判している*2。
企業の資本の価値というのは、負債などを清算した後の企業の価値のオプションバリューとみなすことができる。また、個別企業それぞれのオプションを合計したもののほうが、すべての企業を対象にした一つのオプションよりも価格が高いというのは、オプション理論の基本的な定理だ。言い換えれば、500銘柄の株価の合計は、David BlitzerがS&P500のたとえに使った「500の事業部を持つ一会社」よりも高くないといけない。
ただ、これは、PERの分母の利益の話ではなく、分子の時価総額合計の話である。つまり、S&P500ならS&P500、東証一部なら東証一部の時価総額合計は、仮想的な巨大連結会社の時価総額よりも高くなるはず、というわけだ。だが、その両者の値を理論的にきちんと関連付ける式は、シラー自身が認めるように、おそろしく複雑なものとなるだろう。要するにそれは個々の会社の倒産の可能性を加味したものになるからだ。そう考えると、時価総額合計で代替するというS&P社の方法は十分現実的であるように思われる。一つには、倒産の可能性が無ければ、企業価値の加法性が成立するからである。もしどうしても気になるのであれば、アウト・オブ・ザ・マネーの銘柄をなるべく除外する、ということになるが、その代表的な方法は、上で述べたように赤字企業を除外する、ということになろう。
いずれにせよ、シーゲルのようにあまり理論的な裏付けの無い式を持ち出しても、自らの問題提起に対する有効な解決法になっていないように思われるのだが…。