というNBER論文が上がっている(ungated版)。原題は「Bond Market Views of the Fed」で、著者はLuigi Bocola(スタンフォード大)、Alessandro Dovis(ペンシルベニア大)、Kasper Jørgensen(ECB)、Rishabh Kirpalani(ウィスコンシン大)。
以下はその要旨。
This paper uses high frequency data to detect shifts in financial markets' perception of the Federal Reserve stance on inflation. We construct daily revisions to expectations of future nominal interest rates and inflation that are priced into nominal and inflation-protected bonds, and find that the relation between these two variables-positive and stable for over twenty years-has weakened substantially over the 2020-2022 period. In the context of canonical monetary reaction functions considered in the literature, these results are indicative of a monetary authority that places less weight on inflation stabilization. We augment a standard New Keynesian model with regime shifts in the monetary policy rule, calibrate it to match our findings, and use it as a laboratory to understand the drivers of U.S. inflation post 2020. We find that the shift in the monetary policy stance accounts for half of the observed increase in inflation.
(拙訳)
本稿は高頻度データを用いて、FRBのインフレに対するスタンスについての金融市場の認識の変化を検出した。我々は、名目債とインフレ連動債の価格に織り込まれた将来の名目金利とインフレの予想の日次改訂を構築し、20年以上安定的に正の相関があったその2変数間の関係が2020-2022年に顕著に弱まったことを見い出した。この分野で使われている標準的な金融反応関数から言えば、この結果は金融当局がインフレ安定へのウエイトを減らしたことを示唆している。我々は標準的なニューケインジアンモデルを金融政策ルールのレジーム変化で補強し、我々の発見に適合するようにカリブレートし、2020年以降の米インフレを動かす要因を理解する実験室として用いた。金融政策のスタンス変化が観測されたインフレ上昇の半分を説明することを我々は見い出した。
以下はインフレ予想と金利予想の関係が2020-2022年に変化したことを示す図と、テイラールールの係数が同じ期間の下がったことを示す図。
興味深いのは、2020-2022年のこの変化が、斉藤誠氏が「実質で見る破格の円安 日本経済 「体力」低下著しく 齊藤誠・名古屋大学教授 - 日本経済新聞」の図で示した日米の実質金利差と実質為替レートの関係のシフトと対応しているように見えることである(ungated版としては、河野龍太郎氏が「第1回国際収支から見た日本経済の課題と処方箋 資料 : 財務省」で提示した資料のp.8で同様の図を再現している)。斉藤氏はこのシフトの原因を日本経済が構造的に弱体化したことに帰しているが、実質円ドル相場は米国の物価が高いほどドル高に振れることを考えれば*1、今回の論文に示されているように、米国の金融政策がその時期にインフレの高止まりを許容するようになったことに起因している可能性もあるように思われる*2。
*1:cf. 日本の物価が相対的に下がると円の実質実効レートは下がる - himaginary’s diary。最近では横浜国大の佐藤清隆氏が例えばこちらのプレゼン資料のp.11でその点を説明している。
*2:為替相場の分断再訪 - himaginary’s diaryで紹介した論文における円ドル相場のシミュレーションを敷衍すると、2020年に米国のプラスの生産性ショック、もしくは日本のマイナスの生産性ショックが生じたことが斉藤氏の仮説に沿う形になる。ただ、実態経済のそれだけの突然のシフトが、他の指標ではあまり顕在化しないまま実質為替相場と実質金利差の関係だけに如実に現れた、と考えるのは、説得力の点で少し無理があるようにも思われる。そうした見方と、米金融政策のスタンスの変化が米国のインフレと金利の関係の変化を通じて実質為替相場と実質金利差の関係に如実に現れた、と考えるのとどちらが尤もらしいかは、一考の余地がありそうである。