格差とゼロ金利下限

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Inequality and the Zero Lower Bound」で、著者はJesús Fernández-Villaverde(ペンシルベニア大)、Joël Marbet(CEMFI)、Galo Nuño(スペイン銀行)、Omar Rachedi(ESADE)。
以下はその要旨。

This paper studies how household inequality shapes the effects of the zero lower bound (ZLB) on nominal interest rates on aggregate dynamics. To do so, we consider a heterogeneous agent New Keynesian (HANK) model with an occasionally binding ZLB and solve for its fully non-linear stochastic equilibrium using a novel neural network algorithm. In this setting, changes in the monetary policy stance influence households' precautionary savings by altering the frequency of ZLB events. As a result, the model features monetary policy non-neutrality in the long run. The degree of long-run non-neutrality, i.e., by how much monetary policy shifts real rates in the ergodic distribution of the model, can be substantial when we combine low inflation targets and high levels of wealth inequality.
(拙訳)
本稿は、家計の格差がどのように名目金利のゼロ下限がマクロ動学に及ぼす影響を形成するかを調べた。そのために我々は、ゼロ金利下限が時折り束縛条件となる不均一主体ニューケインジアン(HANK)モデルを検討し、新たなニューラルネットワークアルゴリズムを用いて完全な非線形の確率的均衡を解いた。この設定においては、金融政策のスタンスの変更は、ゼロ金利下限の事象の頻度を変えることによって家計の予備的貯蓄に影響する。その結果、モデルは、長期の金融政策の非中立性を特徴とするようになる。長期の非中立性の程度、即ち、金融政策がどの程度モデルのエルゴード的な分布における実質金利をシフトさせるかは、低いインフレ目標資産格差を組み合わせた場合、顕著なものとなり得る。

結論部では主な発見として以下の5項目を挙げている。

  1. ゼロ金利下限は、中銀が完全に対応することを妨げることにより、HANK経済における大きな負の需要ショックの影響を悪化させる。
  2. ゼロ金利下限は資産を持たない貧困家計への影響が大きく、そうした家計では、不況が賃金に及ぼす影響のため、消費の減少が大きい。
  3. 家計の不均一性は、マクロのショックが無い場合でも、実質金利に関係する。
    • 家計が不均一な経済は、より小さな負のショックでもゼロ金利下限の領域に陥るため、代表的家計の経済に比べてゼロ金利下限に対してより脆弱になる。
      • この効果は予備的貯蓄による。そうした貯蓄が逆説的にゼロ金利下限の可能性を高めるからである。
  4. 中銀が選択するインフレ目標が予備的貯蓄の水準に影響し、それによって実質金利にも影響するため、金融政策は長期的に非中立的である。
    • このメカニズムは、標準的なHANKモデルや、ゼロ金利下限が当初の状態だけであることを仮定し、繰り返し起こることを仮定しないモデルでは欠けている。
  5. 金融政策の非中立性は資産格差が大きい場合に増幅される。

この論文の結論からすると、日本では高齢化だけでなく資産格差がデフレ経済を悪化させた可能性があるということになる。