ウクライナ戦争のスイス国立銀行の金融政策への影響は?

かつて円と共に増価傾向にあったスイスフランが、現在は減価傾向に転じた円と対照的に現在も増価傾向を維持している中、スイスの金融政策をどうするか、についてトーマス・ジョルダン(Thomas Jordan)スイス国立銀行総裁が4/29の第114回株主総会での表題の講演で語っている(H/T Mostly Economics、講演の原題は「What are the consequences of the war in Ukraine for the SNB’s monetary policy?」で原語は独語との由)。

At our most recent monetary policy assessment in March, we decided to leave our policy rate unchanged at −0.75%, and to maintain our willingness to intervene in the foreign exchange market as necessary. However, we had already stressed in December that we would allow the Swiss franc to appreciate to a certain extent. So how do we put our current monetary policy in context?
We intervene in the foreign exchange market when strong upward pressure on the Swiss franc would lead to persistently negative inflation and weigh heavily on the economy. However, we do not react mechanically to every instance of upward pressure. If you have followed the Swiss franc closely over the past months, you will know that it has gradually appreciated and has at times even fallen below parity to the euro.
We have quite deliberately allowed this to happen. The reason is that inflation abroad is significantly higher than in Switzerland. This means that our economy can withstand the franc being stronger in nominal terms. The higher prices abroad and the nominally stronger Swiss franc roughly balance one another out, and there has therefore been hardly any change in the real exchange rate over the past quarters. Without the nominal appreciation of recent months, our monetary policy would have become more expansionary. Given the current development of inflation, that would not have been appropriate. Allowing the appreciation helped us to keep inflation comparatively low in Switzerland.
(拙訳)
3月の直近の金融政策評価で我々は、政策金利を-0.75%で据え置くこと、および、為替市場に必要に応じて介入する姿勢を維持することを決定した。ただ我々は、スイスフランがある程度上昇するのを許容することを12月に既に強調している。そうすると、我々は現在の金融政策をその文脈でどのように位置づけているのだろうか?
我々は、スイスフランの上昇圧力が持続的なマイナスのインフレにつながり、経済の重荷になる場合に為替市場に介入する。だが、上昇圧力が生じるたびに機械的に対応するわけではない。過去何か月かのスイスフランを良く観察していたならば、徐々に上昇し、1ユーロ=1スイスフランを割り込むこともあったことに気付いていただろう。
我々はそうなることを良く考えて敢えて*1許容した。その理由は、海外のインフレがスイスよりもかなり高いためである。そのことは、スイスフランが名目ベースで増価することに我々の経済が耐えられることを意味する。海外での物価の上昇と名目ベースで上昇したスイスフランはお互いを概ね打ち消しあい、そのため過去数四半期に亘って実質為替レートにはほとんど変化が無かった。ここ数か月の名目ベースの増価がなければ、我々の金融政策はもっと拡張的なものになっていただろう。インフレの現在の推移に鑑みると、それは適切なことではなかっただろう。増価を許容したことが、スイスのインフレを比較的低位に維持する助けとなった。

円安が資源高の影響を悪化させていると言われる*2日本とは輸入物価への為替の影響も対照的なものとなったとのことだが、国内のインフレが今のところ落ち着いている点――スイスは(上記講演によると)海外物価上昇が通貨高で概ね相殺されたため、日本は(おそらく)長年のディスインフレ傾向が継続しているため――では両国は共通している。そのため、続いて述べられた政策金利に関する発言は、前述の違いにもかかわらず、日本についてそのまま当てはまりそうなものとなっている。

Why did we not simply raise our policy rate? Two reasons have spoken against such a measure to date. First, inflationary pressure is moderate here in Switzerland. Second, inflation is likely to return to the range compatible with price stability in the foreseeable future. Thus far we have seen hardly any indication of a broad spillover of the rise in commodity prices to the prices of other goods and services. Accordingly, our inflation forecast indicates that inflation will average 2.1% in the current year, and decline again in 2023 and 2024. The monetary conditions are therefore appropriate at present. However, should there be signs of a strengthening and spread in inflationary pressure, we will not hesitate to take the necessary measures to ensure price stability in Switzerland in the medium term.
(拙訳)
なぜ我々は単純に政策金利を引き上げなかったのか? 今までのところ、そうした手段に訴えることに反する2つの理由がある。第一に、インフレ圧力はここスイスでは緩やかなものにとどまっている。第二に、インフレは予見できる将来に物価安定と整合的な範囲に戻る可能性が高い。これまでのところ、商品価格の上昇が他の財やサービスの価格に広く波及する兆しはほとんど見られない。そのため、我々のインフレ予測では、今年のインフレは平均して2.1%となり、2023年と2024年には再び低下するとしている。従って、現在の金融環境は適切なものとなっている。ただし、インフレ圧力が強まり広がっていく兆候が現れたならば、スイスにおける中期的な物価の安定を保証するのに必要な手段を取ることを我々は躊躇わない。

*1:この場合の「deliberately」はどちらの意味にも取れるので、ここではダブルミーニング的に訳した。

*2:本ブログでは、少なくとも昨年までについてはその悪化の程度は相対的にそれほど大きくないのではないか、という議論をここで行った。