というNBER論文が上がっている(ungated版へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Slow Learning」で、著者はLawrence Christiano(ノースウエスタン大)、Martin S. Eichenbaum(同)、Benjamin K. Johannsen(FRB)。
以下はその要旨。
This paper investigates what features of an economy determine whether convergence under learning is fast or slow. In all of the models that we consider, people's beliefs about model outcomes are central determinants of those outcomes. We argue that under certain circumstances, convergence of a learning equilibrium to the rational expectations equilibrium can be so slow that policy analysis based on rational expectations is very misleading. We also develop new analytic results regarding rates of convergence in learning models.
(拙訳)
本稿は、学習の下での収束が速いか遅いかを経済のどの特性が決定するかを調べる。我々が検討したすべてのモデルの中で、モデルの帰結に関する人々の考えが、そうした帰結の枢要な決定要因であった。ある状況下では、合理的期待均衡への学習均衡の収束は非常に遅くなるため、合理的期待に基づく政策分析は非常に誤ったものとなる、と我々は論じる。我々はまた、学習モデルでの収束速度に関する新たな解析結果を展開する。
論文によると、人々の予想が自己実現的な場合には、彼らが事前分布を調整するのが遅くなり、合理的期待への収束に時間が掛かるとの由。一方、人々の予想が彼らの考えとは異なる結果をもたらす場合には、彼らは考えを素早く変更するため、収束が速くなるという。
遅い収束の例として論文ではゼロ金利下限を取り上げている。企業と家計が将来の低インフレを予想した場合、価格設定の調整コストのため企業はすぐに価格を引き下げ、ゼロ金利下での高実質金利を予想する家計は消費需要を減らし、それが生産の限界費用の低下につながる。そのため、現在のインフレが低下する。学習がある場合は、現在のインフレが次期の予想インフレを引き下げ、前述のメカニズムが繰り返されるため、次期の実際のインフレも下がる。即ちゼロ金利下限においては、デフレ予想は部分的に自己実現的となり、収束が遅くなる。
なお、ニューケインジアンモデルでは、人々が合理的期待を抱いている場合、ゼロ金利下限が制約条件となるようなショックはインフレと生産の急速な低下をもたらす(Eggertsson and Woodford (2004))。この大きな効果は、ショックが大きなデフレ予想と高い実質金利をもたらすことによる。一方、学習があると、予想は部分的にバックワードルッキングとなるため、人々が当初大きなデフレを予想していなかった場合、実際のインフレ低下は比較的小幅となる。
また、学習があるとゼロ金利下限での財政政策と金融政策の効果は鈍化する。
財政政策については、合理的期待の下では、政府による購買がインフレ予想を引き上げ、乗数が非常に大きくなる(Christiano et al. (2011))。即ち、名目金利が固定されているため、インフレ予想の上昇により実質金利は低下し、消費が増え、乗数は1よりかなり大きくなる。一方、学習があると、インフレ予想は部分的にバックワードルッキングとなり、政府の購買後もそれほど動かなくなる。そのため、実質金利もあまり低下せず、消費の増加も小幅となり、合理的期待均衡で乗数を大きく押し上げた要因が事実上無くなり、乗数は1に近くなる。
金融政策については、合理的期待の下ではフォワードガイダンスがインフレ予想に強い影響を及ぼすが、学習があるとインフレ予想は部分的にバックワードルッキングとなり、フォワードガイダンスはそれほど強力ではなくなる。
ちなみに論文では学習を以下の2種類に分類している。
- 内部化された学習(internalized learning)
- 人々は自分の問題を解く際に、自分が学習している、という事実を完全に織り込む。モデルの定式化においては、再帰的な形式となる。
- 予期された効用(Anticipated Utility)
- Kreps (1998)による。
- 人々は新しいデータが入る度に考えを更新するが、決定の際には、考えをまた見直すことが無いかのように行動する。
こうした学習の研究については本ブログでも以前に何度か紹介したことがあったが、ChristianoとEichenbaumがこのテーマに取り組んだのは久々な気がする。