15日エントリでは新フィッシャー派(フィッシャー式逆さ眼鏡派)に対するコチャラコタの反論を紹介したが、その反論を取り上げた1/13付けEconomist's Viewエントリでは、表題の12/30付けEconomist's Viewエントリ(原題は「The Neo-Fisherian View and the Macro Learning Approach」)におけるGeorge EvansとBruce McGoughによる新フィッシャー派への反論にリンクしている。Evans=McGoughの反論はサイモン・レンールイスのエントリを受けて書かれたもので、Economist's Viewのブログ主であるMark Thomaが執筆を依頼したものだという。
レンールイスは昨年の2つの論文、即ち、新フィッシャー派のジョン・コクラン論文と、反新フィッシャー派のマイケル・ウッドフォード=Mariana Garcia-Schmidt論文(cf. ここ)を取り上げており、Evans=McGoughの反論もその2つの論文を巡るものとなっている。
以下はその冒頭部。
Cochrane (2015) argues that low interest rates are deflationary — a view that is sometimes called neo-Fisherian. In this paper John Cochrane argues that raising the interest rate and pegging it at a higher level will raise the inflation rate in accordance with the Fisher equation, and works through the details of this in a New Keynesian model.
Garcia-Schmidt and Woodford (2015) argue that the neo-Fisherian claim is incorrect and that low interest rates are both expansionary and inflationary. In making this argument Mariana Garcia-Schmidt and Michael Woodford use an approach that has a lot of common ground with the macro learning literature, which focuses on how economic agents might come to form expectations, and in particular whether coordination on a particular rational expectations equilibrium (REE) is plausible. This literature examines the stability of an REE under learning and has found that interest-rate pegs of the type discussed by Cochrane lead to REE that are not stable under learning. Garcia-Schmidt and Woodford (2015) obtain an analogous instability result using a new bounded-rationality approach that provides specific predictions for monetary policy. There are novel methodological and policy results in the Garcia-Schmidt and Woodford (2015) paper. However, we will here focus on the common ground with other papers in the learning literature that also argue against the neo-Fisherian claim.
The macro learning literature posits that agents start with boundedly rational expectations e.g. based on possibly non-RE forecasting rules. These expectations are incorporated into a “temporary equilibrium” (TE) environment that yields the model’s endogenous outcomes. The TE environment has two essential components: a decision-theoretic framework which specifies the decisions made by agents (households, firms etc.) given their states (values of exogenous and pre-determined endogenous state variables) and expectations; and a market-clearing framework that coordinates the agents’ decisions and determines the values of the model’s endogenous variables. It is useful to observe that, taken together, the two components of the TE environment yield the “TE-map” that takes expectations and (aggregate and idiosyncratic) states to outcomes.
(拙訳)
コクラン(2015)は、低金利はデフレ的であると主張する。この見解は、新フィッシャー派と呼ばれることがある。同論文でコクランは、金利を引き上げて高い水準に留め置くことは、フィッシャー式に従ってインフレ率を上昇させることになると論じ、その詳細についてニューケインジアンモデルを用いて分析している。
ガルシアーシュミットとウッドフォード(2015)は、新フィッシャー派の主張は誤りであり、低金利は拡張的であると同時にインフレ的である、と論じる。その主張をするに当たってマリアナ・ガルシアーシュミットとマイケル・ウッドフォードは、マクロ学習の研究と共通部分の多いアプローチを用いている。マクロ学習の研究では、経済主体がいかに期待を形成するか、特に、ある合理的期待均衡への調整が説得的であるかどうか、に焦点を当てている。この研究では、学習の下での合理的期待均衡を調べ、コクランが論じたようなタイプの金利ペッグは、学習の下では安定的ではない合理的期待均衡につながる、ということを見い出した。ガルシアーシュミットとウッドフォード(2015)は、金融政策に関して特定の予測を提供する新たな限定合理性アプローチを用いて、同様の不安定な結果を導いた。ガルシアーシュミットとウッドフォード(2015)論文では、手法と政策について新規の結果がもたらされている。だが、本論においては、他の学習研究の論文との共通点に焦点を当てることとしたい。それらの論文においても新フィッシャー派の主張への反論がなされている。
マクロ学習の研究は、主体は限定的に合理的な期待を出発点とする、ということを前提している。即ち、非合理的な予測ルールに基づいているかもしれない、ということである。そうした期待は「一時的均衡」環境に織り込まれ、モデルの内生的な結果を生み出す。一時的均衡環境には2つの基本的な構成要素がある。所与の状態(外生的および先決内生的な状態変数の値)と期待において主体(家計、企業、等々)が行う決定を特定する決定理論的な枠組みと、主体の決定を調整しモデルの内生変数の値を決める市場清算の枠組みである。この2つの一時的均衡の構成要素を合わせると、期待と(マクロ的および固有の)状態から結果を導く「一時的均衡マップ」が作られることを念頭に置いておくのは有用である。
この後Evans=McGoughは各種の学習理論(適応的学習、演繹的学習、およびガルシアーシュミット=ウッドフォードの「熟考均衡(reflective equilibrium)」、Evans=Ramey*1の「計算均衡(calculation equilibrium)」)を紹介した上で、以下のように述べている。
The key insight of these various learning approaches is that one cannot simply take RE (which in the nonstochastic case reduces to PF, i.e. perfect foresight) as given. An REE is an equilibrium that begs an explanation for how it can be attained. The various learning approaches rely on a temporary equilibrium framework, outlined above, which goes back to Hicks (1946). A big advantage of the TE framework, when developed at the agent level and aggregated, is that in conjunction with the learning model an explicit causal story can be developed for how the economy evolves over time.
(拙訳)
以上の様々な学習アプローチにおいて鍵となる洞察は、合理的期待(これは非確率論的な場合には完全予見に還元される)を、単純に所与のものとして受け止めることはできない、ということである。合理的期待均衡は、どのように達成されるかについての説明を必要とする均衡である。様々な学習アプローチは、上記で概略を説明した一時的均衡の枠組みに依拠しており、それはヒックス(1946)に遡る。一時的均衡の大いなる長所は、主体レベルとマクロレベルで展開された場合、学習モデルと連携した形で、経済が時間を追ってどのように推移するかという明示的な因果関係の物語が紡ぎ出せることにある。
その上でEvans=McGoughは、コクランの研究で一時的均衡ないし学習の枠組みが欠落しているのは致命的な欠点だ、と指摘し、コクランによる以下の3つの主張について、学習理論の各論文を引きつつ反論している。
- ニューケインジアンモデルにおけるテイラー原理は、FRBが望む均衡経路を実現するに当たって非現実的な仮定を必要としている、という批判
- 【反論】テイラー原理を満たす金融ルールについてのニューケインジアンモデルの通常の合理的期待の解は適応的学習の下で安定的だが、非ファンダメンタルな解はそうではない。
- 金利ペッグの主張
- しかし米国における現実のゼロ金利下限ペッグは、深刻なデフレスパイラルではなく、低いが安定的(ないし緩やかに低下する)インフレをもたらしたではないか、という指摘
- 【反論】この現象はEvans=Honkapohja=Mitra(2015)(cf. ここ)において、第3の定常状態=「停滞」定常状態として説明している。
Evans=McGoughは、「In summary, the learning approach argues forcefully against the neo- Fisherian view.(まとめると、学習アプローチは新フィッシャー派の見解に強固に反論している。)」という一文でこの小論を締め括っている。
ちなみに1/13付けエントリでMark Thomaは、Evans=McGoughに新フィッシャー派が誰も反応しなかったことに驚いた、と皮肉っている*4。