自然実験を用いた自然収益率の測定

というNBER論文が上がっている。原題は「Measuring The Natural Rate Using Natural Experiments」で、著者はVerónica Bäcker-Peral(プリンストン大)、Jonathon Hazell(LSE)、Atif R. Mian(プリンストン大)。
以下はその要旨。

Every month, a fraction of UK property leases are extended for another 90 years or more. We use new data on thousands of these natural experiments from 2003 onwards to estimate the “natural rate of return on capital”, r*K, which also represents the long-run dividend-price ratio. r*K stays around 4.8% between 2003 and 2006, but starts to fall at the onset of the Great Recession, reaching a low of 2.3% in 2022. Real-time monthly data shows a modest uptick in r*K in 2023 thus far. The natural experiment approach to measuring r*K is precise, avoids misspecification concerns and provides real-time estimates using publicly available data.
(拙訳)
毎月、英国の不動産賃貸の一部は90年ないしそれ以上の期間延長される。我々は、2003年以降の数千のこうした自然実験の新たなデータを用いて、「資本の自然収益率」r*Kを推計した。これは長期の配当利回りを表すものでもある。r*Kは2003年から2006年に掛けて4.8%付近に留まっていたが、大不況の開始とともに低下し始め、2022年には2.3%という低い値に達した。リアルタイムの月次データが示すところによれば、今のところ2023年にr*Kはやや上昇している。r*Kの測定に自然実験を用いる手法は正確であり、定式化の誤りの懸念を回避し、公けに利用可能なデータを用いてリアルタイムの推計を提供する。

この論文のungated版にリンクしているページでは以下のグラフが掲げられている。

即ち、2022-23年には自然収益率と実質フォワードレートとの乖離が拡大している。論文の結論部では、この乖離は、今後、現物の実質金利の低下(「長期停滞論」が示唆するところ)、もしくは実質収益率の上昇(ポストコロナ禍期が構造的なレジーム変化を反映する場合)のいずれかによって縮小することになるだろう、と述べ、その2つのシナリオの帰結は資産価格と実体経済にとって全く違ったものになる、と指摘している*1。論文では直近のr*Kが小幅に上昇していることを指摘し、リアルタイムのr*K測定が自然収益率の先行きを見通す上で有用、と述べている。

なお、論文では自然収益率と自然利子率の関係式として以下を示している。
  r*K = r* + ζ* - g*P
ただしζ*は資本の自然リスクプレミアム、g*Pは長期の期待キャピタルゲイン、r*は自然利子率。

*1:この2つのシナリオの違いはサマーズ対ブランシャール:今後の金利を巡る議論 - himaginary’s diary長期停滞は終わらない - himaginary’s diaryで紹介したサマーズとブランシャールの今後の見通しの違いに対応するものと言ってよさそうである。