デビッド・カードが見たハーバードのアファーマティブアクション

デビッド・カードのノーベル経済学賞受賞のニュースを聞いて、そういえば彼が専門家証人を務めたハーバードのアジア人に対する入学差別に関する訴訟の件(cf. ここここここ)はどうなったのかな、と調べてみたところ、(昨年4/30エントリの注記に書いたように)2019年10月に地裁でハーバード側が勝訴した後、2020年の第1巡回区控訴裁判所でもその判決が支持されたとのことである*1。今年2月には原告のStudents for Fair Admissions(SFFA)が上告し、5月にはハーバード側がその棄却を求め、最高裁は来年に開廷するかどうかを決めるに当たって米政府の見解を求めている、という状況のようである。
こちらのCNN記事こちらのハーバードクリムゾン記事によれば、SFFAは、トランプ政権下で保守化した最高裁の状況を睨んで、アファーマティブアクションに照準を合わせる戦略を採っているとの由。アファーマティブアクションを外せばアジア系以外の有色人種の入学率が下がり、アジア系が上がる、という論理に基づくもののようだ。
ただ、これまでの裁判でもその点は議論されており、カードも最初の裁判で提出した資料でその点を論考している。以下は同資料の第6節の結論部。

195. As detailed above, I find little evidence that race is a determinative factor in the admissions process. Specifically, I find that race explains much less about applicants’ likelihood of admission than numerous other factors Harvard considers.
196. I also examine Prof. Arcidiacono’s claim that the marginal effect of race can be quite large for certain individual candidates. I find that the marginal effect of race averages 13 percentage points or less for 90% of African-American applicants and averages 7 percentage points or less for 90% of Hispanic or Other applicants. And for the small number of applicants for whom race plays a more significant role, other non-race factors also substantially affect the applicants’ likelihood of admission. Further, I find that the average marginal effect of race is less than that of individualized, unmeasured factors that are independent of race. For admitted AHO applicants in particular, race explains only about 34% of the variation in admissions outcomes.
197. Finally, I also consider Prof. Arcidiacono’s claim that Harvard began manipulating its admission rate for African-American applicants—as defined using the IPEDS methodology—starting with the class of 2017 admissions cycle. It is highly implausible that Harvard would attempt to manipulate that particular statistic, which it does not release to the public. And, indeed, a review of the data using Harvard’s preferred methods for categorizing applicants by race does not show the effect Prof. Arcidiacono observes.
(拙訳)

  • 上記で詳説したように、入試過程で人種が決定的な要因になる証拠を私はほとんど見い出さなかった。応募者の入学可能性に対する人種の説明力は、ハーバードが検討する他の数多の要因に比べればかなり低いことを私は見い出した。
  • 私はまた、ある候補者にとっては人種の限界的な影響は極めて大きなものとなり得る、というアーチディアコノ教授の主張も調べた。私が見い出したところによれば、アフリカ系米国人の応募者の90%について人種の限界的な影響は平均して13%ポイントかそれ以下で、ヒスパニックやその他の応募者の90%については平均して7%ポイントかそれ以下だった。そして人種がより有意な役割を果たした少数の応募者については、人種以外の要因もまた応募者の入学可能性に顕著に影響した。また私は、人種の平均的な限界的影響は、人種と無関係の属人的な測定されない要因よりも小さいことを見い出した。入学が認められたAHO*2応募者について言えば、人種は入試結果の変動の約34%しか説明しなかった。
  • さらに私は、ハーバードは2017年入学組の入試過程からアフリカ系米国人の応募者――IPEDS*3手法を用いて定義される――の合格率を操作するようになった、というアーチディアコノ教授の主張も検討した。ハーバードが一般に公開していないそうした特定の統計を操作しようとするのは極めて信じ難い。そして実際、ハーバードが応募者を人種別に分類するのに選好する方法を用いてデータを概観すると、アーチディアコノ教授の観測した効果は見られなかった。

この論考が正しければ、原告側の論理は成立しない可能性がある。その点(や他の論点)を巡って、今度はノーベル賞の威光を背負ったカードの論考が最高裁の法廷で検討対象となる日が来るのだろうか…?*4

*1:Students for Fair Admissions v. President and Fellows of Harvard College - Wikipedia

*2:African-American, Hispanic, or Other。

*3:Integrated Postsecondary Education Data System。

*4:最初、「カードが今度はノーベル賞受賞者の肩書を引っ提げて再び被告のハーバード側の証人として最高裁の法廷に立つ日が来るのだろうか」と書いたが、よく考えたら最高裁は証人尋問は無いので修正。