機織りとしての経済学者

アイルランド中銀総裁のガブリエル・マクルーフ(Gabriel Makhlouf*1)が、経済学徒に向けたメッセージの中で、経済学者を以下のように定義している(H/T Mostly Economics)。

At some point you’ll probably be asked the question “what is an economist?”. You could reply with Keynes’ famous description of the “master economist [as] mathematician, historian, statesman, philosopher”. I suggest you also think of an economist as a “weaver”, someone who brings together different strands of evidence and analytical frameworks and weaves them into baskets to carry forward public policy and find solutions to today’s and tomorrow’s challenges.
(拙訳)
いつかあなた方は「経済学者とは何者か?」という質問を問い掛けられるかもしれない。あなた方はケインズの有名な描写「優れた経済学者[は]数学者であり、歴史家であり、政治家であり、哲学者でもある*2」でその質問に答えることができるだろう。私は、経済学を「機織り」として考えることもあなた方に提案したい。様々な一連の証拠を分析の枠組みと結び付け、それを織って籠に入れ、それによって公共政策を推し進め、今日や明日の課題への解決策を見つける人々である。

マクルーフはまた、以下の7か条を経済学徒に送っている。

  1. 自分が何を勉強することを選択したか、確認せよ。マクルーフにとっては、経済学は「普通に生活している人間についての学問(the ordinary business of life*3)」というのが最善の描写である(もし経済学がそれとは違うものだと考えているならば、専攻を変えた方が良い)。
  2. 経済学は「普通に生活している」ことについてきちんと考える方法を提供しているが、「基本的に道徳学であって自然科学ではない(essentially a moral science and not a natural science*4)」。言い換えれば、物理学のような正確さは提供できない。経済学はつまるところ人間科学であり、直接的で予測可能な科学の式によってではなく複雑な形で行動する主体で溢れている。
  3. 「道徳学」であるということは、経済学は他の学問と共に展開し応用された時にその洞察と推奨が最も効果的なものとなる。経済問題について考え、それを解決する上で、人類学、神経科学、心理学など他の学問分野の観点を理解、受容、尊重するための努力を払う価値はある。
  4. 経済学者は、問題を理解し解決するためにきちんと考えることを助ける多様なツールやモデルを持っている。技術によってツールは時間とともに顕著に進歩したが、経済問題を体系的に考えるために開発された「モデル」と、その対象となる「現実」とを混同しないことが重要。結局のところ結論は現実世界と結び付ける必要があり、特に政策の意思決定に展開される場合はそうである。
  5. 経済学の思想には豊富で多様な歴史があり、それは追究の価値がある(そうでないという経済学教師がいたら異議を唱えるべし)。反対意見を理解することも重要。ジョン・スチュアート・ミルが書いたように、「自分の側の論拠しか知らない人は、そのことについて良く分かっていない。彼の推論は優れたものかもしれず、誰も反論できないものかもしれない。しかし彼もまた同様に反対側の意見に反論できず、そもそも反対側の意見がどんなものかを知らなければ、どちらかの意見を選好する根拠を欠いていることになる。」
  6. 経済史を学ぶべし。我々がどのように今日の世界に到達したかを理解する助けになる。また、世界の問題のうち幾つかは新しいものではないことも分かる。温故知新。
  7. 良い文章を書くことを覚えよ。テーマが如何に複雑であろうとも、明確、単純、簡潔に書くことを心掛けよ。特に公共政策の分野に進むならその技術は役に立つ。習得は困難で時間が掛かるが、その価値はある(クルーグマンの本は、彼の意見に同意するか否かは別にして、その点で非常に良い文章の教材となる)。

*1:cf. Gabriel Makhlouf - Wikipedia]。

*2:cf. このエントリの末尾。

*3:[原注]Alfred Marshall’s description, from his Principles of Economics, (, 8th edition 1920).[日本語訳はここに依った]

*4:[原注]John Maynard Keynes in his letter to RoyHarrod, 4 July1938.