「意味の無いことをまくしたてるだけの愚者」になることなかれ:経済原理と適切な訓練を受けた経済学者

Mostly Economicsが、ジョージ・メイソン大のPeter Boettkeの表題の小論*1(原題は「Don't Be ‘A Jibbering Idiot’: Economic Principles and the Properly Trained Economist」)を紹介している*2
以下はその要旨。

Economics, properly understood, makes sense out the complex web of historical relations that constitute reality, namely by utilizing economic theory. Economics without price theory is not economic theory, and measurement without theory isn’t empirically meaningful. However, graduate students are being increasingly trained in sophisticated procedures of optimization and statistical testing, remaining largely ignorant of economic theory as a tool to understanding economic history. This address is a renewed call for my fellow economists to continue to instill in their teaching the beauty of economic theory, as well as the empirical importance of economic history. In short, economic teaching and training must instill an understanding of economic forces at work, and properly done, instills the principles that constitute a golden key that unlocks the deepest mysteries in the human experience. Without learning the governing dynamics of human action and the mechanisms that produce the social cooperation under the division of labor, modern civilization will be left undefended against the fallacious claims that market processes are exploitative, monopolistic, and unfair.
(拙訳)
経済学は、正しく理解されれば、現実を構成する歴史的関係の複雑な蜘蛛の巣から、経済理論の使用を通じて、筋の通った話を紡ぎ出す。価格理論の無い経済学は経済理論ではなく、理論無き計測は実証的に意味を持たない。しかしながら、大学院生はますます最適化と統計的検定の精緻な手順の訓練を施されるようになり、経済史を理解する道具としての経済理論についてはほぼ何も知らないままとなっている。本講演は、経済理論の美しさ、ならびに経済史の実証面での重要性を教え続けることを同僚の経済学者に呼び掛けるものである。端的に言えば、経済学の授業と訓練は、経済において実際に働いている力を理解させるべきものであり、それが適切に成し遂げられたならば、人類が経験する中で最も奥深い謎を解く黄金の鍵を構成する原理を教え込んだことになる。人間の行動を統べる動学と、分業の下で社会的協業を生み出すメカニズムを学ばなければ、現代文明は、市場プロセスは搾取的で独占的で不公平である、という誤った主張に対し無防備のままとなるだろう。


小論の最後でBoettkeは、ブキャナンの視点を基にした経済学の要点として、以下の8つを提示している。

  1. 経済学は「科学」ではあるが、自然科学とは違う。経済学は「哲学的な」科学であり、科学主義に抗してフランク・ナイトとF.A.ハイエクから提示された制約*3は留意すべきである。
  2. 経済学は選択と調整過程を扱うものであり、静止した状態を扱うものではない。均衡モデルは、モデルの限界を認識した場合のみ有用である。
  3. 経済学は交換を扱うものであり、最大化を扱うものではない。交換活動と裁定は経済分析の中心的テーマとなるべきである。
  4. 経済学は個々の主体を扱うものであり、集団的な主体を扱うものではない。個人だけが選択を行う。
  5. 経済学は規則に従ってプレイされるゲームを扱う。
  6. 経済学は政治を離れて適切に研究されることはできない。異なるゲームの規則間の選択を無視することはできない。
  7. 経済学の学問分野として最も重要な機能は、自発的秩序の原理を説明する道学者的な役割にある。
  8. 経済学は初歩的なものである。

*1:4/10にハワイのライハナで開催されたAssociation for Private Enterpriseの第42回年次総会での講演録との由。

*2:タイトルの出典として、本文ではジェームズ・ブキャナンの「Economics and Its Scientific Neighbors」(1966)(以下の本に所収)から、次の文章を引用している。
The economist is able to do this because he possesses this central principle – an underlying theory of human behavior. And because he does so, he qualifies as a scientist and his discipline as a science. What a science does, or should do, is simply to allow the average man, through professional specialization, to command the heights of genius. The basic tools are the simple principles, and these are chained forever to the properly disciplined professional. Without them, he is as a jibbering idiot, who makes only noise under an illusion of speech.
(拙訳)
経済学者がこうしたことができるのは、この中心的な原理――人間の行動に関する基礎理論――を有しているからである。そして、こうしたことをするが故に、彼は科学者たりえることができ、彼の専門分野は科学たりえるのである。科学がすること、ないしすべきことは、平均的な人が職業的な専門化を通じて天才の高みに達することを可能ならしめることに尽きる。基本ツールは簡単な原理であり、それらは適切な訓練を受けた専門家と分かち難く結び付いている。それらが無ければ、彼は、講演をしているという幻想の下に雑音だけを生み出す、意味の無いことをまくしたてるだけの愚者と変わるところが無くなってしまう。

Economic Inquiry and Its Logic (Collected Works of James M. Buchanan)

Economic Inquiry and Its Logic (Collected Works of James M. Buchanan)

*3:cf. ここ