経済学者は如何に理論からデータにシフトしたか

1/11エントリでは、今年の全米経済学会に出席したジャスティン・フォックスがそこで見い出した傾向として、格差問題に関する経済学者の取り組みの変化について書いたブルームバーグ論説を紹介した。表題のブルームバーグ論説(原題は「How Economics Went From Theory to Data」)でフォックスは、彼が全米経済学会で見い出したもう一つ傾向、即ち、理論からデータへの重心の移行について書いている。それによると、昼食会での講演者といった栄えある役割はエリック・マスキンやジャン・ティロールやベングト・ホルムストロムといった古参の理論家が担っていたものの、実際の研究発表では実証系が活況だったとの由。


フォックスが引用したテキサス大学のダニエル・ハマーメッシュ*12013年のJournal of Economic Literature論文によると、主要誌に掲載された理論系論文の割合は、1983年のピーク時には6割程度に達していたが、2011年には3割を切ったとのことである。低下のかなりの割合は1993年までに起きているが、その明らかな理由の一つはパソコンの普及である、とフォックスは述べている。その後のインターネット時代の到来と資料のデジタル化によって、公表データをそのまま使うのではなく独自にデータを加工した研究が増え、それが1993年以降の実証系研究の増加の殆どであった、とフォックスは言う。またフォックスは、実験経済学の研究が増えていることも指摘している。


その上でフォックスは、以下の点も指摘している。

Disillusionment with theory has also been an issue. From the late 1930s through the 1970s, economics was full of excitement about grand mathematical models that seemed to explain everything about the world. Then some things happened that the grand models -- particularly the macroeconomic ones -- didn't explain very well, while a new generation of theorists took things in increasingly narrow and convoluted directions. The goal was often to make the theories more realistic, but the result, as Hamermesh puts it, was that:

Economic theory may have become so abstruse that editors of the leading general journals, recognizing that very few of their readers could comprehend the theory, have cut back on publishing work of this type.

Piketty, who was a promising young theorist at the Massachusetts Institute of Technology in the early 1990s, wrote in the introduction to "Capital in the 21st Century" that he decided to move back to France in part because economists are less respected there and thus must "set aside their contempt for other disciplines and their absurd claim to greater scientific legitimacy, despite the fact that they know almost nothing about anything.” Then he went looking for some data to crunch.
Now that's what all the cool economics kids are doing.
(拙訳)
理論への幻滅も理由となっている。1930年代後半から1970年代に掛けての経済学は、世界のすべてを説明すると思われた壮大な数学モデルで湧き立っていた。しかしその壮大なモデル――特にマクロ経済モデル――が上手く説明できない事態が発生し、一方で新世代の理論家たちは、より狭い範囲で絡み合った方向で物事を捉えるようになった。彼らの多くは、理論をもっと現実的にすることを目的としていたが、ハマーメッシュの言葉を借りれば

経済理論はあまりにも難解になったため、主要一般誌の編集者は、読者の殆どがそうした理論を把握できないことを受けて、その種の論文の掲載を減らすようになった。

という結果に終わった。
ピケティは、1990年代初頭にはマサチューセッツ工科大学の若き有望な理論家であったが、フランスに戻る決心をした理由の一つは、そこでは経済学者があまり尊敬されておらず、従って「あらゆることについて殆ど何も分かっていないという現実にも関わらず、他分野を軽蔑したり、さらなる科学的正当性という馬鹿げた主張をしていた経済学者の殻を脱ぎ捨て」ざるを得なくなるためだ、と「21世紀の資本」の導入部に書いている。帰国後の彼は、取り組むべきデータを探し求めた。
そして今や、先端を行くすべての若手経済学者が同じことをしている。


なお、米国の経済学界は、1920年代から1930年代に掛けても、ウェズリー・クレア・ミッチェルが先頭に立って実証分析の全盛期を迎えたことがあった、とフォックスは指摘している。しかし、データを十分に収集すれば景気循環をはじめとする経済の謎は解明される、というミッチェルの目論見は外れ、大恐慌は彼を困惑させた。さらに、NBERにおける彼の後継者アーサー・バーンズと共著した1946年の景気循環に関する著書は、チャリング・クープマンスの有名な批判(「理論なき測定(Measurement Without Theory)」*2)によって

The movements of economic variables are studied as if they were the eruptions of a mysterious volcano whose boiling caldron [sic] can never be penetrated.
(拙訳)
経済変数の推移は、恰も煮えたぎる噴火口の中を決して見通すことのできない謎めいた火山の噴火であるかのように分析されている。

とこき下ろされた。


フォックスは、今日の経済学者はミッチェルほど理論を敬遠してはおらず、データに見い出したトレンドや相関の説明の試みも行っているが、その多くは仮説の域を出ていない、と書いている。確かに実証研究ブームによって経済学者の知識は増えたが、まだ学習途上であり、すべてが分かったというには程遠い、と述べてフォックスは記事を結んでいる。



蛇足だが、クープマンズが見通せない喩えに使った火山の中も、今や東京大学地震研究所の田中宏幸氏によるミューオンによって見通す技術が開発されている。経済学の実証手法にもいずれそうした革新が起きる、と期待しても良いのかもしれない。

*1:cf. ここ、およびそのエントリで紹介した研究の邦訳本

*2:cf. 関連日本語論文