景気循環の非対称性を生み出すもの

昨日紹介したAntonio Fatásの考察の第一項(=景気循環の非対称性)に対し、クルーグマンに続きDavid Andolfattoも自ブログでコメントしている


AndolfattoはまずFatásの考察を6点に切り分け、それぞれについて自分が賛成か否かを述べている。

  1. 景気循環は対称的ではない
    • 同意。
  2. 多くのマクロ経済モデルは、対称的な衝撃のメカニズムを仮定している
    • 同意。
  3. それは経済ショックの描写を間違えている
    • それはどうか。衝撃が対称的だと仮定するのは(違うという有力な証拠が無い限り)理に適っている。問題の非対称性は、人間の相互作用ないし経済の波及メカニズムの副産物である可能性が高い。
  4. のみならず、安定化政策には大した効果が無いという認識につながる
    • それもどうか。時系列データの統計的特性だけに基づいて政策介入の望ましさについて論じることは一切出来ない、ということを経済学者は知っている。また、対称的なモデルにも、政策介入の利益を示すものが数多く存在する。
  5. 非対称的景気循環モデルに依拠するならば、潜在生産と自然失業率への見方は大きく変わる
    • ここでFatásは話の順番を取り違えている。この主張には論理的な裏付けが無い(逆に、以下では反例を提示する)。上記コメントも参照。
  6. 2007年にOECDの大部分でGDPが潜在GDPを超えていたとか、南欧の自然失業率は実際の失業率に極めて近い、といった議論はしなくなるだろう
    • こうした主張は良く耳にするが、同じ人が、直近の景気後退は、過熱した不動産部門、ブームに湧いた建設部門(やその関連部門)、過剰蓄積された資本といった資産価格バブルの崩壊や過剰債務によって生じた、と主張している。それと、崩壊に至るまで経済は「潜在生産力」に見合っていた、というこの主張はどう整合させるのか。


その上でAndolfattoは、名目賃金の下方硬直性に非対称性の原因を求めたクルーグマン説に矛先を向ける。彼は以前にも同様の説明をしたとしているが、その見方に反対する理由を以下のようにまとめている。

  • 粘着的賃金理論に依拠する経済学者は、無意識のうちに静学的な需給曲線というマーシャルの鋏の虜となっている。失業の存在は、現実が鋏の交点と一致しておらず、市場が清算されていない、というわけだ。
  • しかしマーシャルの鋏は、小麦や原油などの匿名取引の現物市場で起きることの描写を意図したものだ。労働市場は関係性の市場である。関係性は耐久財であり、資本財の一種である。従って、この関係性を理解するためにはマーシャルの鋏から離れなくてはならない(サーチ理論はその一例)。
  • 生産的な関係性によってもたらされた経済余剰の分け前は、関係性が続く間に賃金が時間を追ってどのように変化するかということを(他の何よりも最初に)取り決める二者間ないし複数者間の交渉過程によって定まる。計量経済学者がデータで観測するような現物市場での賃金は、その分配を定める役割を何ら果たさない。現物市場での賃金の粘着性は問題にならないのだ。
  • 以上の話は理論に過ぎないものの、「Evaluating the Economic Significance of Downward Nominal Wage Rigidity (Michael Elsby)」や「The Effect of Implicit Contracts on the Movement of Wages over the Business Cycle (Beaudry and DiNardo)」といった論文による実証結果も出ている。


では、名目賃金の硬直性が原因ではないとするならば、失業率の非対称性は何が原因で起きているのか? この点についてAndolfattoは、労働市場サーチモデルから導出される自然な結果である、として自分の以前の論文にリンクしている(それが上述の反例との由)。論文の基本的な考えは極めて単純で、労働市場は生産的な関係性の市場であり、(立派な砂の城と同様に)関係性の資本を築き上げるのには時間が掛かるが、それを破壊するのは一瞬で済むから、とのことである*1


このエントリにNick Roweがコメントし、景気後退期には、労働の売り手がマッチングの相手を見つけるのが難しくなるのに対し、労働の買い手は逆にそれが容易になる、という問題を指摘し、それはマーシャルの鋏では過剰供給と呼ばれる話であり、貨幣的な問題が絡んでいるのではないか、と述べている。それに対しAndolfattoは、それはサーチ理論では労働市場逼迫度という変数で表わされる話だが、それを説明する理論については――貨幣的な要因の可能性を否定するものでは無いが――自分の中でまだどれか一つに絞りきれていない、と応じている。

*1:構築と破壊に掛かる時間の非対称性という点では、ここで紹介したアーノルド・クリングの住宅ブームに関する非対称性の話を想起させる。