台湾有事についての高市発言を巡るSNS上の論争で、例によって反対意見側の人を馬鹿呼ばわりする光景があちこちで見られるが、個人的には今回のケースでは馬鹿という言葉が特別の意味を持つように思われてならない。というのは、周知の通り、馬鹿の語源の有力な説の一つは、以下のエピソードにあるからである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/馬鹿#語源史記の「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」の故事を語源とする説
秦の・胡亥の時代、権力をふるった宦官の趙高は謀反を企み、廷臣のうち自分の味方と敵を判別するため一策を案じた。彼は宮中に鹿を曳いてこさせ『珍しい馬が手に入りました』と皇帝に献じた。皇帝は『これは鹿ではないのか』と尋ねたが、趙高が左右の廷臣に『これは馬に相違あるまい?』と聞くと彼を恐れる者は馬と言い、彼を恐れぬ気骨のある者は鹿と答えた。趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという。
この趙高の行動は、今回の中国の行動にそのまま当てはまるように思われる。即ち、今回の場合の「鹿」は高市発言の真意であり、それは台湾有事において米国が攻撃されたら日本は存立危機事態になる可能性がある、ということである。然るに中国はこの発言を、日本が単独で台湾有事に介入することを意図するものだ、という「馬」として世界に喧伝し、日本国内、および世界で、それは確かに馬だ、と言う者と、いやそれは鹿だ、と言う者がどれくらいいるかを見極めようとしているように見える*1。
こうした中国の行動の意図については、川島真・東大教授が「中国の落としどころは、日中関係の正常化にはなく、対日政策、あるいは沖縄や台湾を含めた政策の「更新」にある」と指摘している*2。川島氏は「その「更新」内容が具体的に何かは依然不明」と書いているが、小生はその直前に川島氏が書いている「日米間の「離間政策」」が本命ではないか、と思う。というのは:
- ウクライナ戦争を巡ってトランプ政権がプーチン側にかなりの程度絡めとられていることが明らかになったことから、台湾有事に関しても中国が何とかトランプを篭絡できるかもしれない、という期待を持ち始めている可能性がある。
- その一方で、台湾有事に米国が介入した場合、「日本は不介入で、在日米軍基地も台湾介入の米軍に使わせない」場合のみ中国が侵攻に成功する、というシミュレーション結果を一昨年初めに米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が報告している*3。「「高市発言」への過剰反応で見えた中国の焦り、無謀な台湾軍事侵攻の“本気度”と気になる海上封鎖の能力(2/6) | JBpress (ジェイビープレス)」で深川孝行氏が述べているように、「中国側も台湾侵攻シミュレーションを頻繁に実行していたはずで、結果は大同小異だったと推測できる。そのため「日本に介入させない手立てを考えるべき」と中国側が思いを巡らせていてもおかしくない。」
- 「米研究機関の台湾有事シミュレーションが描いた「日本にとって最悪のシナリオ」 – ニッポン放送 NEWS ONLINE」でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司氏は、CSISのシミュレーション結果について、日本が中国の脅しに屈し、日本の米軍基地を米軍が使えないか、もしくは米大統領が決断できずに参戦しないという、24のうちの台湾側が負ける2パターンが最も可能性が高い、と指摘している。後者は米大統領が空母などの損失を恐れて決断できないパターンだが、これは中国にとって有事発生時の最善の策であり、前述のようにトランプ政権を中国が与しやすいとみているならば、その可能性は高くなる。ただ、トランプが参戦を決断するケースも想定しておくならば、日本が米軍への協力に二の足を踏む前者のパターンに持ち込むのが中国側にとって次善の策となる。そのためには、日ごろから機会を捉えて日米離間策を着実に実行するのが中国にとっての最適戦略となり、今回の行動はまさにその最適戦略に沿っている。
もちろん、「中国の台湾侵攻、米研究所の図上演習でほとんど失敗だが…一喜一憂すべきでない理由:朝日新聞GLOBE+」の高橋孝途氏など数多くの識者が指摘しているように、日本側としては中国の台湾侵攻を抑止するのが最善の策であり、そのためには、台湾情勢の今後 - himaginary’s diaryで書いたように、高市発言をむしろ奇貨として抑止の方向に活用すべきかと思われる。
*1:直近ではジェフリー・サックスが「馬」説に与したことを日本の中国大使館が喧伝している。
*2:その点で、高市発言とIIA - himaginary’s diaryで書いた「かなりの程度中国側の「善意」を前提にした説」は残念ながらやはり成立しそうにない。