インフレの金融財政理論

David Andolfattoが、Binyamin AppelbaumのNYT記事を元に、インフレを説明する4つの理論を改めて整理している(H/T 本石町日記さんツイート)。

  1. マネタリスト
    • 物価水準はマネーへの需要に対する相対的なマネーの供給によって決まる。従って、インフレはマネーの供給の伸びからマネーの需要の伸びを差し引いたもので決まる。
    • この理論は、保守派の経済学者が、マネーの大規模な供給のためにインフレが迫っている、と予測したために信用を失った。

  2. フィリップス曲線
    • ジャネット・イエレンなどFOMCメンバーが支持。
    • インフレ率が失業率(=総需要の代理変数)と負の相関を持つという実証的証拠に基づいている。
    • データの解釈は概ね次の通り:財・サービスの需要が高まると、企業は雇用を増やし、失業率が下がる。そのため労働者が賃上げを要求できるようになり、そうした費用は製品価格の値上げによって消費者に転嫁される。
    • ただ、低失業時には、労働者の賃上げ交渉力の増大のほかに、経済成長の重要な源泉たる労働生産性の向上も労働者の実質賃金を高める。それが賃金と物価のインフレにつながるかどうかは自明ではない。
    • また、フィリップス曲線の支持者は統計的な関係を確たる証拠としているが、失業率とインフレの負の相関をもたらすメカニズムは他にもある。
      • 例えば高インフレによって政府証券から民間投資(新規雇用への投資を含む)へのポートフォリオ組み替えが起こり、失業率が低下する、というトービン効果では、因果関係が逆になる。
    • データから導き出されたフィリップス曲線は傾きを持つはずだが、フラットなこともある。
      • ただしこれについては、インフレ目標を掲げた中銀が様々なショックに適切に対応した結果そうなった、という解釈もあり得る。

  3. 期待
    • 幾つかの派生形があるが、その一つは、インフレ率は期待インフレ率で決まるが、期待インフレ率は自己充足的な予言になり得るという点で不確定要素が大きい、というもの。
    • この説に従えば、低インフレがほぼ10年続いたため、賃金交渉も価格決定も低く抑えられるようになった、ということになる。
    • この説では、期待形成のうち慣性に基づく部分は、最近の経験よりは、将来の政策の推移に関する個人の期待と関係が深いことになる。そうした可能性については、サージェントの4大インフレ論文で確たる形で示された。

  4. 国際主義
    • 先進国の低インフレは発展途上国の台頭による、という見解。
      • アウトソーシングの脅威が国内の賃上げ圧力を抑え込むとともに、海外からの安価な商品の大量流入が直接的(輸入品価格の低下)および間接的(輸入との競争によって国内商品の価格も低いままとなった)に物価を抑えた。
    • イエレンも、低インフレの一つの要因としてこれを挙げた。
    • PCEインフレ率と輸入価格デフレータのインフレ率の関係も、この説を支持している。


その上でAndolfattoは、表題の後続エントリ(原題は「A monetary-fiscal theory of inflation」)で、マネタリストの説明はあまりにも簡単に退けられたが、現在の低インフレを理解する上で依然として有効、と論じている。
では、なぜ大量のマネー供給がインフレを引き起こさなかったのか? その理由をAndolfattoは、

  1. 安全な政府債務が現金の代替物になったこと
  2. 政府債務への需要が拡大したこと

の2つに求めている。彼によれば、政府債務への需要の増大は通常は債券利回りの低下につながるが、金利が下限(=超過準備への付利)に達すると、物価水準の低下につながる、とのことである。というのは、名目的な債券の実質供給を拡大するメカニズムは、物価水準が低下することだからである。
Andolfattoはこの説を、すべてを説明するものではないが、物語の重要な部分を説明しているのではないか、としている。そしてその説が正しい場合、今のFRBフィリップス曲線の考え方に基づいてやっているように政策金利を上げていくことは、政府債務の魅力を高めるという点で――それを打ち消すだけのハイペースで政府債務を増やさない限り――デフレ的な政策となる、と論じている。


さらにAndolfattoは、現状の1.5%のインフレ率も目標の2%のインフレ率も大差無いが、もしどうしても物価水準を上げたいのであれば、中銀が財政赤字をマネタイズすることによってそれは可能、とも論じている*1

*1:その際、仮に物価水準が決して上昇しなかったとしたら、政府は永遠のフリーランチを享受できることになる、とバーナンキ背理法的なことも述べている。