どうして人々や機関はやるべきと分かっていることをやらないのか

というタイトルの論文をハーバード大経済学部教授のデビッド・カトラー(David M. Cutler*1)が書いたMostly Economics経由;原題は「Why Don’t People and Institutions Do What They Know They Should?」)。


そこで彼は、ピッツバーグ近郊のアレゲニー総合病院(Allegheny General Hospital)が中心静脈関連血流感染(Central Line Associated Bloodstream Infections)を防ぐ方策を手順化して劇的な効果を上げ、多額の費用を節約することに成功したにも関わらず、他の病院がそれに倣わなかった、という事例を冒頭で報告している。そして、なぜ人々は、やるのが正しいと分かっていて、それをやることのコストも低く、かつ、やることが自らの利益になることも分かっていることをやらないのか、という問いを投げ掛けている。


彼が挙げる他の例は以下の通り。

  • 米国の自動車メーカーは日本の同業会社の品質管理に倣おうとしない。日本側が積極的に共有しようとしているにも関わらず、である。
  • 米国人の95%がシートベルトは事故の時に役立つと考えているのに、実際に運転時に装着するのは69%に過ぎない。
  • 慢性病の薬の服用を米国人の3/4は1年以内にやめてしまう。薬が無料の場合でさえ、長期間の服用率は低い。


行動経済学や同僚効果やプリンシパル・エージェンシー理論は、こうした現象にある程度の解答を与えるが、それらには限界がある、とカトラーは言う。


従ってこの問題に取り組むに当たっては新たな研究が必要になるが、その際、以下の3点を理解することが必要、とカトラーは今後の方向性を示唆している。

  1. 人々が社会的環境をどのように受け止めているか
    • ある人々は周りに合わせることを重視し、ある人々は自分が正しいと思うことを常にやろうとし、ある人々はトップに立ちたがる。
  2. 集団的意思決定の過程
    • 最良の方針を巡って意見が割れる時、集団的意思決定はどのようになされるか? 最初の決定は(アレゲニーの場合のように)トップダウンでなされることが多いが、それが維持されるのは個々人の所属意識と権限委譲の文化に依る。
    • 企業文化はどのように生まれ、どのように伝播するのか?
      • トヨタを真似した企業がすべて成功したわけではない。
  3. 相異なる行動理論の意味
    • それを理解するためには条件(人々の持つ情報、インセンティブ、環境)を変えた実験が必要。
    • そうした実験は手間暇が掛かるが、例えば今問題になっている医療コスト抑制のことを考えれば、アレゲニーの例が一般化できるものなのか、それともあくまでも例外に留まるものなのかを理解することは極めて重要。

*1:この人と同姓同名(ただしミドルネームは違う)。